「くくっ、そんなにうまいかい。」
「はい、とっても!」
「今日は落とさねえように気を付けろよい。」
「!ま、前も落としてませんよ!」

隣で幸せそうにケーキを食べるフィルは予想通りだったが、先の電車のこともあってか彼女は周囲からの視線をまた気にしている様子。
要らないところで気をつかう彼女に少し苦笑したが、すぐに直るわけでもないだろうからその事については特に何も触れずに談笑していた。

「…あ、マルコさん」

話しかけてきたフィルはどこか楽しそうな表情。
どうしたと声をかけると、フィルの返答はおれにとって意外なものだった。

「この前、何でも屋さんに行ってきたんです。正確には喫茶店にですけど。」

…いや、意外ではないな。
早かれ遅かれいつか彼女もあそこに立ち入るんじゃないかと思ってはいたんだ。
用があったのは喫茶店か…それなら、

「…サッチに誘われたのか?」
「当たりです。いっぱいサービスしてもらっちゃいました!」
「くくっ、うまかっただろ。」
「もちろんです!」

毎回嬉しそうにしてたしな…彼女を誘ったのは無自覚ながら彼女に気があったからと、ただ純粋に自分がつくったものを食べて喜んでほしいと思ったからだろう。
だが彼女はあの建物が白ひげの会社だと知っているようだし…あいつはどこまで話したんだ?

「あ、聞きましたよ?マルコさんやサッチさん、それにエースさんも…みなさん『白ひげ』の人だったんですね。」
「…サッチからか?」
「ふふっ、ハルタさんからもです。本当びっくりしたんですよ?誰か入ってきたなって思ったらハルタさんとイゾウさんで…その時に教えてもらったんです。」

…ふたりに会ったのは偶然だろう。
あいつらは店の担当じゃないし、いかにも邪魔してきそうなあいつらをサッチが呼ぶとも考えにくい。
とにかく…フィルには謝らないといけないな。

「…すまなかった。」
「え!?ど、どうしたんです?」
「前に電話で話したときに何も教えなかっただろ?会社のことも…ふたりのことも。」

あの時はまだふたりの真意がわからなかったから下手に教えるなんてことはしなかった。
とはいえ、おれが黙っていたことで彼女に不信感を与えてしまったかもしれない。
怒っているだろうか。
そう思いながら彼女を見ると、きょとんとした表情で目を瞬かせていて。

「何でかなとは思いましたけど…もうあの会社のこともみなさん仕事仲間だってこともわかりましたし、特に気にしてないですよ。」
「…そうかい、すまねえな。」
「ちょ!?謝らないでください!…ふ、ふたりの他にジョズさんって方にも会ったんです。すごく大きい方ですよね。」

謝られたことに焦ったらしいフィルが話題を変えてくる。
この行動や先程の彼女の表情から察するに本当に気にしてはいないようで、おれは彼女の優しさに内心感謝しながら彼女が急遽ふった話題に乗ることにした。

「驚いただろ。ああ見えてジョズは園芸好きなんだよい。」
「…そうなんですか。」

意外性をつかれて目を大きくしている彼女を横目に見て笑いつつケーキを一口。
まだ聞いていることがあるのかもしれないが…今のところ彼女は名刺に載っている程度の情報とおれたちが同僚だということ、それに会社の場所くらいしか知っていないらしかった。
それでいい、彼女が多くを知る必要はない。
そう考えていると彼女がちらりとおれの様子をうかがい始めて。

「あの、ひとつ気になってることがあるんですけど…。」
「ああ、言ってみな。」
「マルコさんって…普段と会社とじゃ様子って違うんですか?」

あの野郎…また何か吹き込みやがったか。

「…どういう意味だい。」
「ハルタさんにマルコさんの印象を訊かれたんですけど、無愛想じゃないかって…。」

…今度の犯人はハルタだったか。
印象を訊いたってことは…フィルにその気があるのか探りを入れたのもあるだろうし、おれが彼女にとる態度はどんなものなのか彼女の口から聞きたかったんだろうな。

「おれは変えてるつもりはねえが…まああいつらが騒がしすぎるからそう見えるんだよい。」
「そうですか。」

呆れたようにため息をつくと、彼女はくすくすと控えめに笑った。
ハルタのことだ、他にも色々聞き出しているんだろう。

「フィル、他に変なことは吹き込まれなかったか?」
「!だ、大丈夫です、あとはエースさんとサッチさんの印象を訊かれて…」

サッチのことまで訊いたのか。
理由はおれの時と一緒か…それに加えてサッチに聞かせるつもりだったか。
…彼女がサッチ本人がいる前で話すとは考えにくいんだがな。

「…フィルも大変だねい。最近そんな話題が多いんじゃねえのか?」
「そ、そうなんです!私こういうの得意じゃないんですよ?なのにハルタさん、散々意地悪するんです…。」

その時のことを思い出しているだろう彼女の頬はうっすらと赤く染まっている。
話の内容を詳しく訊こうかとも思うが彼女がこういった話を得意としないこともあるし、どうせならハルタやサッチから聞いた方が何かと都合がいいので深くは探らないことにした。

「その様子じゃハルタに気に入られたな。よかったじゃねえか。」
「!よくありませ…いや、よかった?えっと…」
「…くくっ。」

無愛想。
ハルタの言葉はある意味正しいのかもしれない。
今のおれは、あいつらといる時とはまた少し違った表情をしているんだと思う。
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