「…おいハルタ」

あーだめだめ、ちょっと待って。
今苦しいから。

「…はあっ、なあに?」
「その顔やめろ!あと笑いすぎなんだよ!」
「…あはははっ!」

カウンターを叩くサッチの顔は少し赤い。
今まで自覚がなかった上に気づかせてもらった側だからか、文句は言ってるけどそこまで強くは咎められないみたい。

「ハルタぁ、そろそろ本気で…」
「ごめんごめん。もう落ち着いたって。」

サッチはばつが悪そうに、でもぼくをじとりと睨んでる。
ちょっとからかいすぎたかな。

「だってフィルが帰るまでずっと我慢してたんだからね?褒めてほしいくらいだよ。」

本当はサッチが気づいたあの時点で笑いたかったんだけど、フィルの前だしそれは流石にと思ってちゃんと我慢した。
あーあ、あの時のイゾウ愉しそうだったなあ。

「そりゃどうも。」

気持ちの全くこもっていない返事をしたあと、サッチはふて腐れたように目をそらした。

「サッチ、じゃあ改めてお話ししようよ。」
「…絶対嫌だ。」
「恩人の言うことは素直にきかなきゃ。ほら、こっち来なよ。」

そんなことはしないと思うけど…いざってときに厨房に引っ込まれたりされたら困るからね。
とんとん、とテーブルを叩くとサッチは人数分のコーヒーを淹れてこっちに来てくれた。
こういうところ、本当優しいんだから。

「…お前ら最初っから気づいてたらしいな。」

諦めにも似たようなため息。
まあぼくらはもうサッチの気持ちを知ってたから今さら誤魔化したり隠したりしても意味ないし、もしかしたら開き直ってるのかもしれない。

「そうだよ。だからあの時フィルのこと気になる?って訊いてあげたでしょ?」
「はいはい、疎くて悪かったですね。」
「いえいえ、気づいてくれて何より。」

サッチってば全然自分のこととして捉えてくれないんだもん。
でもそれはそれで面白かったし、こうして気づいてくれたからいいけどね。

「…イゾウ、お前があの子のこと調べたのか。」

ぼくよりイゾウの方が情報収集は得意。
あの時のイゾウってば珍しくやる気だったんだよね。

「お前が名前しか教えてくれねえから二時間もかかっちまったがな。ああ、データほしいか?」
「いらねえよ!今すぐ消せ!」
「くくっ。心配するな、その時に消したさ。」

調べたことはフィルの経歴と大学名だけ。
サッチもだけどフィルはマルコやエースの大事な友だちだからね、必要以上のことは調べなかったしデータもきっちり消去したんだ。

「出会ったとき、おれのことは何か話したのか?」
「ううん、邪魔はしたくなかったしね。本当に会って名刺渡しただけだよ。」
「仕事のことは?」
「…大丈夫、サッチが心配するようなことは教えてないよ。」
「…そうか。」

さっきのデータのこともそうだけど…安心したような表情で息を吐いたサッチを見てると、フィルのことは本当に特別なのかなって思えてくる。
この店のことも喫茶店とだけしか教えてなかったし…サッチは何でも屋じゃそれなりに危ない依頼も担当してるしね、変に巻き込んだりしたくなかったのかもしれない。

「ごめんね。」

サッチだけじゃなくてマルコだってそうなのかも。
フィルはふたりにとって友だちだけど普通の一般人でもあるから、万が一のことを考えて教えなかったんじゃないかな。

「な、何だよいきなり…。」

いきなりぼくが謝ったからサッチはびっくりしてる。
イゾウは…うん、ぼくの意図に気づいてくれてるみたいだ。

「気にしないで。…それより今日さ、ぼくに嫉妬してたでしょ。」

真面目な話はもう終わり。
さ、ここからは楽しい話をしようよ。

「はあ!?」
「最初の方、ぼくとフィルが喋ってるの見て嫉妬してなかった?会うのは二回目なのにやけに楽しそうだなって。違う?」

どんな風に嫉妬するのかなって気になってたからね、ちょっと試させてもらったんだ。

「…少しだけ面白くねえとは思った。」
「あはは、当たりだね。」

あの時のサッチは見ていて楽しかったなあ…面白くありませんって顔に書いてあったもん。
フィルは気づいてなかったみたいだからよかったけどね。

「少しは隠しやがれ。嫉妬なんてみっともねえだけだぞ。」
「わかってるよ、以後気を付けさせていただきますー。」

がしがしと髪をかくサッチはやっぱり恥ずかしそうにしながらもそれなりに反省してるんだと思う。

「…サッチ、お前もこれから大変だな。」
「何が。」
「マルコのことはどうするんだよ。お前の見立てじゃマルコも嬢ちゃんに気があるんだろ?」

ああ、そういえばそうだった。
でもなあ…マルコとは前に話したけどいまいちはっきりしてくれないから、肝心なところは結局わからないままなんだよね。

「あー…まあそうだと思ってるんだけどさ。何せあいつ隠すのが上手いしわかりにくいんだよな…。」

やっぱりサッチもまだ正確にはつかめてないみたい。
特別視はしてるみたいだけどそれがサッチと同じ感情に繋がるのか、それとも本当に大事な友だちってだけなのかはマルコ本人しか知り得ないってことか…。
…あ、マルコで思い出したけど…サッチに大事なこと言うの忘れてた。

「ね、恋するサッチにひとついいこと教えてあげる。」
「うえっ、気持ち悪いからその言い方やめろよ…。」
「まあ聞きなよ。フィル、今度マルコとふたりでケーキ食べに行くんだってさ。」
「いっ!?」

やっぱり知らなかったんだ。
まあマルコはわざわざ教える必要もないし…また嫉妬されちゃったら困るもんね。

「誘ったのはマルコらしいよ。サッチ、がんばってね。」

イゾウの言う通りこれからが大変かも。
目の前で悩み始めたサッチにぼくは控えめに苦笑した。
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