「サッチ」

いつの間に入ってきたのか厨房にはイゾウの姿。
手で来いと指示されおれは首をかしげる。

「何だよ。今仕上げの最中で…」
「いいからちょっと来てみな。」

やけに愉しそうな表情が気にかかったが、大人しく作業していた手を止めてイゾウへ近づく。

「静かにしてろよ。」

言いながら視線で示した先には話をしているハルタとフィルちゃんがいた。
…聞けってことか?

「…よく話しかけてくれて元気で明るくて…あ、それに純粋ですね。」
「あはは、あと大食いってことも忘れちゃだめだよ?」
「そうでした。」

話題になってるのは…多分エースだな。
共通に知ってる人物だからフィルちゃんも話しやすそうだし、仲良さげに顔を見合わせて笑っている。

「…イゾウ。」

結局何なんだ、おれは早く仕上げの続きがしたいんだけど?
そんな目で見ればイゾウが口に一本指を立てた。
…黙って聞いてろってことね。
しぶしぶその場に残って様子をうかがっていると、ハルタの様子がほんの少しだけ変わって。

「…じゃあフィル、ついでなんだけど」

目があった。
まるでおれが見ているのを確認するかのような目付き。

「サッチのことはどう思う?」

イゾウを見ると、にやりと笑い返された。
…あー、なるほど。
最初っからふたりはこれを聞かせたかったのか。

「え、サッチさんですか?でも…」

少し戸惑うような仕草。
ちらりと店の奥を気にしているからおれが出てこないか心配なんだろう。

「大丈夫だって。サッチが来そうになったらすぐ教えてあげるから。」

よく言うぜ、おれが聞いてること確認しやがったくせに。
…ま、あの子が本人目の前にして言えるとは思えねえけど。

「ほら、サッチが来ちゃう前に早く。」
「…ほ、本当にすぐ教えてくださいよ?」

どう思われてる、ねえ…。
多少気にはなるけど…おれのことよりマルコの話をしてやった方がいいんじゃねえの?
前も聞いた感じではこの子はマルコのことを今は憧れてるってだけで、これから好きになる可能性は十分にあるわけだろ?散々マルコのこと褒めてたしな。
マルコはこの子のこと好いてるわけだし…興味引いてやったらいいじゃん。
聞くの…何か面倒くさくなってきたな。

「えっと…サッチさんは一番最初に出会ったとき、すごく恐いって印象だったんです。」
「あ、それ知ってるよ。おまけにひどいもの食べさせられたんでしょ?」
「そ、そうなんですけど…。でも次に会ったときにすごい勢いで謝ってくれましたよ。それに恐いって印象もなくなりました。」

…そんなもんだよな。
おれもこの子の第一印象はよくどもるしちょっと内気なお菓子好きの子ってくらいだったし。
二度目に会ったときはケーキうまそうに食べるなってことと、マルコにはすげえなついてるなって思ったくらいかな…。

「あはは。…それで?」
「三度目のときは…運転してる姿とか体格とかが男性っぽくて素敵だなって思ったのと、マルコさんと仲良しだなって思ったのと…」

やたら見られてるなって思ってたけど…そんなこと考えてたのか。
まあ体格はそうだが…マルコと仲良し?何か恥ずかしいな、これ…。

「…料理がすごく上手で、私がおいしいって言ったら本当に嬉しそうにしてくれたんです。あ、私の好きな玉子焼きもつくってくれたんですよ!それにチーズケーキとガトーショコラも!」

自分のつくったもんあんなに幸せそうに食べられたら嬉しくもなるっての。
何出しても幸せそうな顔して食べてるくれるからつくりがいがあるんだよな、それにリクエストしてくれるのも嬉しいし。

「フィルって玉子焼きが好きなんだ。何かかわいいね。」
「!そ、そんなことないですって、」
「…他には?」
「え?あとは…会う度に印象が変わるんです、サッチさんって。子どもっぽい表情になったり、エースさんみたいに明るく笑ったり…エースさんといるときのサッチさん、本当のお兄ちゃんみたいなんですよ。」

一番最初の印象があれだったから余計だろうなあ。
というか…マルコのこと聞いたときより喋ってくれるんだな。

「サッチは結構面倒見がいいからね。」
「やっぱり。あ、それから私話すの上手くないんですけど…サッチさんが引っ張ってくれるからすごく話しやすくて何だか自然でいられるんです。あとは…」

引っ張ってるってつもりはなかったけど…確かに今はおれにもよく笑うし、色んな顔してくれるようになったな。
おれもその方が余計話しやすいし楽しいからいいんだけど。

「…ねえフィル、ひとついい?」

…ま、結構おれにもなついてくれてるってことか。
悪い気はしねえしこれからもうまくやっていけそう…

「何ですか?」
「サッチのこと好きなの?」
「へ!?」

はあ?
あの子はおれが聞いてること知らねえけど…そんなこと普通訊くか?
それにあの子こういう話は苦手そうだったからなあ。
イゾウも愉しそうな顔してやがるし、何なんだよ本当…。

「ハルタさん、な、何で、」

…あー、やっぱり困ってるな。
ハルタ、からかうのも程々にしとけよ?

「だってさあ、マルコやエースのときよりすっごく喋ってたよ?」

そりゃそうだろ。
お前が他にねえのかって促してんだから。

「!だ、だってハルタさんが他はって聞いてきたじゃないですか。」

ほらな?
…顔赤くしちゃって、本当にこういうこと慣れてねえのな。

「あはは、そうだった?でも自分からも喋ってなかったっけ?」

うわ、こいつ愉しそうだなー。
からかいがいのある玩具見つけたって感じか…。

「や、そんなことないですって!要するにサッチさんは普通に素敵な人だなって…」

素敵な人、ね…。
解釈の仕方が多すぎてわかんねえけど…大体はマルコとかエースと同じってことだろうなあ。

「素敵?それってどういう意味かなあ。」
「!えと、大人っぽくて優しくて、」
「ふうん。でもそれを言ったらマルコも素敵な人だよね。」
「そ、そうですけど、でも、」
「でも?…へえ、マルコとは違うんだ。そこのところもっと聞かせてほしいなあ。」
「え!?いや、あの…」

…お、おい?
ハルタの訊き方もあれだけど…何でそんな恥ずかしがってんだよ、普通に返せばいいだろ?
…ちょ、そんな顔すんなよ。
それって期待していいってこと…え!?
いや、待てっておれ今何考えて…!!

「あれ、どうしたの?もしかして本当に…」
「!お、同じです!マルコさんと一緒です!」

気づきかけた自分の考えに、気持ちに慌てて蓋をした。
心臓の音がうるさい。
体がいつもより熱い気がする。

「ごめんね、ちょっと意地悪しちゃった。」
「…しすぎです。あの、サッチさん来ました…?」

今、あの子を見ていられない。
あの子からは見えていないはずなのに、おれは咄嗟に顔を背けた。

「大丈夫。それにここの厨房結構広いから聞こえないと思うよ。」
「そうですか、…でもハルタさん、」
「わっ!本当ごめんね、でもそんな目したらかわいい顔が台無しだよ?」
「ハルタさん!」
「あはは、ごめんってば。お詫びに…」

ふたりの会話が頭に入ってこない上に、すぐ横からは聞きたくなかった笑い声。

「…サッチ、どうかしたか?」

わざとらしい言い方しやがって。
まあこの様子じゃおれより先に気づいてたってことだろうし…隠しても仕方ねえか。

「…いつから気づいてたんだよ。」
「何だ、あっさり認めちまうのか。…お前が初めて嬢ちゃんの話をしたときだな。」

おいおい…それって最初じゃねえか。
ってことはだ、あの時からおれはあの子のことを…ってことか?
今ごろ気づくなんて…我ながら情けねえなあ。

「自分のことには疎いお前をこうして気づかせてやったんだ、感謝しな。」

つまり…今の今までこいつらはおれのこと面白がって見てたってことね。
さぞ愉しかったろうな、あー本当性格悪い。

「はいはい、そりゃどうも。」
「…ほら、早く仕上げて持っていってやんな。嬢ちゃんが待ってるぜ?」

気づいてしまっては後戻りはできない。
ああ、これからどうしようか。
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