「…よし、これで終わりかな。フィルちゃんありがと、助かったぜ。」
片付けも終わって、まくっていた袖を戻すサッチさん。
料理ができる人というイメージがついてしまったからかそんな何気ない動作も似合って見える。
「い、いえ。サッチさんひとりじゃ大変だったと思いますし…気にしないでください。」
「本当ありがとな。…フィルちゃん、先に座って待っててくれる?あとで行くから。」
「…何か手伝いますか?」
まだ何か片付けが残っていたのだろうか。
洗い物のこともそうだったし、サッチさんは私に気をつかったのかもと思い訊いてみると。
「あー、大丈夫。ほら行った行った。」
「は、はい…。」
困ったように笑いながら私の背を軽く押すので、私は半ば強制的にキッチンから追い出されてしまった。
戻るわけにもいかないのできれいに片付いたリビングで私は大人しく待つことにする。
(次、来たら言おうかな…。)
マルコさんの家ということもあるけど、次にやることが決まるとそわそわして少し落ち着かない。
サッチさんが来たらこの前のケーキの感想を言うんだ。
言うタイミングが結局つかめなくて遅くなっちゃったけど…今なら変じゃないよね。
もくもくとそんなことを考えていると後ろから足音が聞こえてきた。
「はーい、お待たせ。」
ことり。
私が振り向く前にテーブルに置かれたのは、ガトーショコラと紅茶。
きっと私を驚かすために準備する時間がほしかったからさっきあんな笑い方だったんだ。
ご丁寧にも生クリームがかけてあるし、余計においしそうに見える。
す、すごく食べたい…!
「サッチさん、ありがとうございます!」
「ひひっ、楽しみにしてただろ?」
あ、ちょっと笑い方が違う…?
子どもみたいに無邪気な笑顔のサッチさん。
私よりも大分年上のはずなのにすごく親しみやすさを感じる。
いや、親しみやすいって言うより…?
「なーに?」
思ってたよりじっと見ていたらしく訊かれてしまった。
そ、そういえば私こういう癖があるんだった…!
「い、いえ、何でもないです。あの、」
「ん?食べねえの?」
サッチさんは私の隣に座って頬付えをついてる。
それも若干首が傾いていて、さっきの子どもっぽい笑顔を見たあとなので余計にかわいく見えてしまった。
…でもエースさんとはやっぱり違うなあ。
歳のせい?
「いえ…この前もらったチーズケーキの感想まだ言ってなかったですよね?」
「ああ、そのことか。」
「え…えっと!」
「もう言わなくてもわかるって、そんな顔見せられたらな。」
「へ!?」
そんな顔って…私今どんな顔してるの!?
あの一瞬でもわかるくらい顔ゆるんでたのかな…。
「感想はもういいからさ。こっち、早く食べてほしいなあ。」
サッチさんはくつくつ笑いながら早く早くとすすめてくる。
わ、私だって早く食べたいですけど…。
本当にいいのかなと思ってサッチさんを見ると楽しそうに私を見るので、ここは素直にケーキをいただくことにした。
「…い、いただきます。」
「はい、どーぞ。」
…わ、わかってたけどおいしい!!
味は濃厚だけど甘すぎないし、しっとりしててすごくおいしいよ…!
それに生クリームと合うんだよね、これが!
「あ、あの!すっごくおいしいです!サッチさんって本当料理上手ですよね!」
「ありがと。けどおだてても何も出ねえぜ?」
「や、本当ですって!料理もケーキも全部おいしかったですし!」
全部本当だ。
料理が上手すぎて羨ましいって思ったくらいだもん。
私の言葉に照れたのかサッチさんは髭を指でなぞりながらくしゃりと笑って。
「そこまで言ってくれるとつくりがいあるしすげえ嬉しい。…じゃ、おれも食べよっかな。」
そう言うとサッチさんはぶっきらぼうにケーキをすくって口に運ぶ。
「ん、やっぱうまいな。さすがおれ。」
「はい、さすがです。」
おどけた口調で片目をつむって私を見るので私も笑って返した。
…でも本当おいしいなあ。
前のチーズケーキなんておいしすぎてワンホールを二日で食べちゃったし…今日のガトーショコラだって今まで食べた中で一番だって言えるくらい絶品だよね。
「…なあ、うまい?」
「!も、もちろんです!お店で売っててもおかしくないくらいですもん、サッチさんのケーキ。」
「ありがと。ま、一応そういうのもやってるからな。」
「そうなんですか?」
驚いた私を見てサッチさんは少し自慢げに、でもどこか照れたように笑ってる。
「そういやまだ言ってなかったよな。あ、やってるのはケーキ屋じゃなくて喫茶店ね。」
サッチさんが喫茶店かあ…うん、これだけ料理上手だもん、やっててもおかしくないよね。
「おれひとりじゃなくて仲間とやってるんだ。…フィルちゃんさ、今度来ねえ?サービスするぜ?」
「え!い、いいんですか?」
サッチさんの喫茶店とか行ってみたい…!
それに友だちかあ…どんな人なのかな。
「もちろん。次の土曜って空いてる?」
「えっと、大丈夫です。」
「じゃあ決まりな。あー…連絡先教えて?その方がいろいろ楽だし。」
「は、はい。」
サッチさんとの会話はテンポがいい。
話上手なサッチさんが私を引っ張ってくれるんだ。
…あ、サッチさんは携帯の扱い手慣れてる。
「どうかした?」
「…いえ、ちょっと。」
小さく笑った私をサッチさんは不思議そうに見るのだった。