「なあ、フィルって趣味とかあるの?」
「え!…い、一応あります、けど…」
「あ、おれの趣味は食べることな!」
話したかったと言われただけあって前回に続きエースさんからは質問攻めだ。
大学生活のこととか、ひとり暮らしなのかとか、兄弟はいるかなどなど…こんなに自分のことを喋ったのは久しぶりかもしれない。
けど同時にエースさん自身のこともたくさん聞けるので嬉しかった。
「フィル、よかったじゃねえかい。趣味同じだろい?」
「マ、マルコさん!ちょっと!」
「ケーキ食べるのが好きなんじゃなかったかい?」
そう言うマルコさんは悪そうな表情。
そ、そこはもう少しかわいい趣味にしたいんです!
「そっか、フィルもおれと同じか!でももうちょっと食べた方がいいと思うぞ?フィル細いし。」
「い、いや!そうじゃなくて!」
にかっと笑いつつ食べる手は止めないエースさん。
マルコさんがこんなに悪そうな表情をしてるっていうのに少しも疑わないあたり、やっぱり純粋だと思う。
エースさん、焦ってる私に気づいてください…!
「あーあ、そりゃあ残念だな。」
わざとらしく大きなため息をついたのは意外なことにサッチさん。
な、何が残念…?
「せっかく今日はガトーショコラ焼いてきたってのに…そっか、フィルちゃんはケーキ嫌いだったのか。」
「!!」
ちょ、サッチさん!私がケーキ好きなの知ってますよね!?
それに嫌いなんて一言も言ってないです…!
「え、今日ってサッチのケーキあるの!?やった!」
「ガトーショコラか。うまそうだねい。」
「今日のは自信作なんだぜ?…はあ、しょうがねえからフィルちゃんの分はエースにでも…」
「サ、サッチさん!」
ちらりと私の方を見ながらあからさまに落胆したサッチさんに慌てて抗議する。
わ、私が食べたいの知ってるくせに…意地悪いですよ!
「…ジョーダン、わかってるって。」
必死さが伝わったのかサッチさんはくつくつと笑ってやっと話を止めてくれた。
…マルコさんは見なくてもわかる。
隣から笑い声なんて聞こえない…聞こえないったら!
「なあサッチ、早く食べようぜー?」
首を傾けてサッチさんにねだる姿は純粋なエースさんに似合っていてすごくかわいく見える。
…お皿にのってる料理は相変わらず多いけど、やっぱり全部食べちゃうんだろうな。
「だーめ。デザートは最後って決まってるの。これ食べ終わって片付けてからな。」
「はーい。」
少し歳の離れたお兄ちゃんと弟って言葉がぴったり。
仲が良さそうなやり取りに、見ている私はほんわかした気持ちになった。
ーー
ー
「悪いな、女の子に洗い物手伝わせちゃって。」
サッチさんの料理は前回同様すごくおいしかった。
今は片付けの時間。
袖をまくって食器を洗うサッチさんの隣で、私はすすぎを担当している。
洗剤は手が荒れるからとストップをかけられてしまったのだ。
「い、いえ!気にしないでください。」
「ありがとな、助かる。…あ、エース!残りの皿持ってきてくれ!」
「わかった!なあマルコ、これ仕舞っていい?」
「ああ。」
慣れてるんだろうな。
前もそうだったけど片付けは役割分担されててすごく早い。
サッチさんは洗い物、エースさんは食器類を運んだり仕舞ったりする係、マルコさんは部屋の片付け、という具合だ。
「どうかした?」
「えっと…片付け早いなと思って…。」
「そう?まあよく集まるし慣れてるからな。…エースは早くケーキが食べたいからだろうけど。」
後ろを見れば何だか楽しそうなエースさんの姿。
肩をすくめて笑うサッチさんにつられて私も笑っていると。
「あー!!」
「わ!?」
び、びっくりした…!
今のってエースさんの声だよね、どうしたのかな…。
「エース、夜に叫ぶんじゃねえよい。」
「エース?どうかしたかー?」
「マ、マルコ!今すぐ送ってくれよ!」
私のいるキッチンからだとサッチさん以外は声しか聞こえないけど…エースさんは何だかすごく焦ってるみたいだ。
「何だい、用事か?」
「き、今日、ルフィが家の合鍵忘れてったんだよ!おれがいねえとあいつ、家に入れないんだって!」
ルフィさんって…確かエースさんの弟さんだったよね。
弟さんもいっぱい食べる人で、明るくてとっても元気がいい人なんだって。
「…今日はおれの車で来たんだったな。弟に空腹で倒れられても困るからねい…仕方ねえな、行くよい。」
「すまねえマルコ、明日何かおごる!」
話がまとまったみたい。
サッチさんとふたり手を止めてリビングの方を見ていると、慌てている様子のエースさんがやって来た。
「サッチ、先帰るけどごめんな!フィル、また話そうぜ!」
「は、はい。気を付けてください。」
「エース、冷蔵庫にケーキ入ってるから弟の分と合わせて持って帰れよ。」
「ありがとなサッチ!」
ばたばたと帰る用意をし始めたエースさん。
ケーキは帰ってから弟さんと一緒に食べるらしく、ふたつまとめてラップに包んでいる。
そこに現れたのは車の鍵を持ったマルコさんだ。
「サッチ、あとのことは任せたよい。…フィル、帰るならついでに送るが…どうする?」
ちらりと時計を見ると夜の七時を過ぎたところ。
帰るにはまだ早い気もするし、片付けもまだ終わってはいない。
でもどうせ送ってもらうのなら今お願いした方がいいのかなとも思うんだけど…。
「、えっと…」
「マルコぉ、おれひとりとか寂しいんだけど?」
「お前にはきいてねえよい。」
「ひど!…フィルちゃん、残りの片付け手伝ってくれたらサッチさんすっごく助かるんだけどなー。」
言いながら私の方を見たサッチさんは少しいたずらな表情。
…マルコさん、目が怖いですよ!
や、やっぱりサッチさんにひとりで片付けてもらうのは悪いし手伝った方がいいよね。
「…フィル、こいつのことなら気にする必要はねえよい。どうする?」
「わ、私は大丈夫です。片付け手伝います。」
「フィルちゃんありがと。優しさの欠片もねえマルコとは大違い"っ!?」
言い終わらないうちにマルコさんの蹴りがサッチさんの腰にきれいに入った。
声を押し殺して痛みを我慢するサッチさんを後目に、マルコさんは悪そうな笑みを浮かべて。
「フィル、帰りたくなったらいつでも電話しな。すぐ迎えに行ってやるよい。」
「は、はい…。」
マ、マルコさん…圧がすごいです。
ここで肯定以外の返事をするなんて勇気は私にはもちろんない。
まだ復活しないサッチさんの様子をうかがっていると、エースさんが帰る用意を終えたらしくて。
「マルコー、それじゃあ頼むよ!」
声に従いマルコさんも玄関へ向かうので私とサッチさんも軽く手を洗ってお見送りをする。
「サッチ、生きてるかー?」
「な、何とかな…。」
「自業自得だって。フィル、またな!」
「は、はい!次も楽しみにしてます!」
おれも。
返事をしたエースさんが嬉しそうな顔をしてくれたので、私は余計に次が楽しみになった。