…ちらり。

見た目で判断しちゃいけないということはわかる…けど、だ。
その人の体格はすごくいいし、眉間にしわ寄ってるし、そういえば何だかぴりぴりしたオーラだし、リーゼントだし、目元に大きい傷とかあるし…っ!
私からすれば怖がるなっていう方が無理…

「…何?」
「!な、何でもないです…!」

気づかれるくらいに見てしまっていたのだろうか。
若干不機嫌そうな視線を向けられ、私は慌てて返してうつむく。

(やっぱり怖い…!)

その人の声の低さと目の鋭さに私は何も悪いことをしていない(と思いたい)のだけれど、思わず謝ってしまいそうだった。
落ち着かせようとしていた心臓は、またばくばくとうるさいくらいに鳴っている。

(うう、心なしか右半身がツラい…。)

もちろん私の右隣はリーゼントの人。
怖くて緊張するというか何というか…とにかく体に変な力が入ってしまう。

(お…落ち着け私!こんなときはアレだ!)

ごそ、り。

(お隣さんの邪魔にならないよう細心の注意を払いつつ)私が鞄から取り出したのは、お菓子やケーキの店が特集された私の大好きな雑誌。
甘いものはいつだって正義なのです!

(…あ、このシュークリーム…他の雑誌でも取り上げられてたやつだ!)

ぺらり。

(このクッキーかわいい…っ!全部動物になってる!)

私の作戦は見事に成功、うきうきしながらページをめくる。
雑誌に掲載されているものはどれもおいしそうで、意識も視線も釘付け状態だ。
でも。

「なぁ。」
(うわぁ、このチーズケーキおいしそ…いや、この苺のタルトも捨てがたいなぁ…)

あまりにも熱中しすぎていたみたい。
その人が話しかけてきても、すでに自分の世界にひたっていた私には届かなくて。

「…なぁ、」
(…ああっ!?このお店って…今日行く本屋さんの近くなんじゃ…よし!絶対行こ)

ずいっ。

「もしもーし。」
「  !!」

その人(とリーゼント)が私の視界に入ってきて、ようやく気づく始末。
おいしそうなお菓子が突然その人(とリーゼント)に変わったせいで驚きが声にならないほどだった。

「…さっきから呼んでたんだけど。」
(なな何やってんの私!?無視とか失礼すぎるし絶対に怒られる…!)

眉間にしわを寄せた不満そうな表情。
今すぐにでも席を立って逃げ出したいけど、窓際に座っている私にそんなことができるはずもなく。

「あ、あああの、えっと、」
「…あー、別にいいって。…それより好きなの?」

焦っているせいで余計に言葉が出てこないけど、それでも必死に謝罪と説明をしようとしたら見事に強制終了させられて。
それ、と言いつつ顔と視線で示されたのは、私がさっきまで熟読していた雑誌の中身。

「お菓子とか、甘いモン。」

急に話しかけられたことにさえ驚きなのに、この人からそんなことを聞かれるなんて予想外すぎて今の私は完全にぽかん状態だ。
どうにかうなずくことだけはできたけど、その動きはきっとロボットよりもひどかっただろう。
そんな私をよそに、その人は持っていた紙袋の中から何かを取り出して。

「ほい、隣に座って怖がらせちゃったお詫び。」

呆けたままの私に渡されたのは、透明な袋に入ったマフィンがひとつ。
袋越しだけどすごくいいにおいがする。

(…え?何で怖がってたことわかったんだ?そんなに顔に出てた?そして何でマフィン? いや、マフィン好きですけど…。というか私がお詫びしないといけなくないか?)

わからないことや気になることが次々と頭の中を飛び交う。
私は渡されたそれを見つめたまま、停止しかけた脳をぐるぐると回転させていると。

「…怪しすぎて受け取れねぇか?」

顔をあげてその人を見れば、にやりとした笑み。
渡されて何も言わなかったから勘違いされちゃったんだ。

「ち、ちが!そうじゃなくて、」
「、やべっ。そういやおれここで降りるんだわ。」
(最後まで言わせて…!)

いつのまにか目的の駅に着いたらしく、言いながら席を立とうとする。

「あ、あの、」

立ち上がったその人を見上げるとやっぱり背は高いし体格もよかった。
まだ言いたいことを何も言えていない私は今度こそと慌てて口を開いたのに。

「じゃあな。」

くしゃりと破顔して、とても優しい表情をしたものだから。
結局私はお礼ひとつさえ言えないまま、下車するその人の背中を目で追うことしか出来なかった。
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