ちょっと熱めのお風呂に浸かって身体はぽかぽか。
髪を乾かしたあと、ベッドに寝転び携帯と人生で初めてもらった名刺を手にする。
今日会った不思議な雰囲気の人たちにもらったものだ。
私は全く知らない人たちだったんだけど…やっぱり気になってしまって。
会社だったら何かわかるかもと思って携帯で検索をかけたんだけど…。

「あれ?ゼ、ゼロ件…?」

会社名で検索したらどうしてかヒット件数はゼロ。
もう一回やっても結果は変わらず、今度は名刺に載ってた連絡先で調べてみる。
けど、結果は同じゼロ件。
結局名刺に記載されていた会社のある場所と事務所への連絡先だけしかわからないままだった。

「何か怪しいかも…。」

何でも屋ってところから変わってるし…会社情報がないっていうのも変だよね。
あの人たちはそんなに悪い人には見えなかったんだけど、でもなあ…。

「ますます不思議だよ…って、わ!」

携帯が着信を知らせてる。
相手は…マ、マルコさんだ!
えっと、しっかり深呼吸して…

「もしもしっ、フィルです!」

や…やった!
今日はかまなかったよ、私!
…ベッドの上で正座しちゃったのは仕方ないよね。

「…よかったねい、フィル。」

よ、よかった?
いきなり何の話…

「今日はかまなかったじゃねえか。」
「え!?」

今日は、って…いつもそんなところ注意して聞いてたんですか!?
な、何かすごく恥ずかしいんですけど…!
携帯からはもちろんマルコさんの笑い声が聞こえてくる。

「やっとおれに馴れてきたかい。」
「そ、そんなところ聞かないでくださいよ…。」
「なかなか面白くてねい。そういや初めて電話かけたときなんて…」
「ちょ!?や、やめてくださいよ!」

さっきよりも可笑しそうに笑うマルコさんの姿が想像できるよ…。
急に何を言い出すかと思えば…本当に油断も隙もない人だ。
初めてマルコさんから電話がかかってきたときのことは、恥ずかしすぎて封印した思い出のひとつ。
がちがちに緊張してしまって自分の名前でさえ盛大にかんだ覚えがある。

「くくっ…必死そうだねい。」

くうっ、この人にはいつも敵わないんだ…!
さっさと話題を変えなきゃ!

「あのときのことは忘れてください!そ…それより何の用ですか?」
「…用があるなんて言った覚えはねえよい。」
「……はい?」

急に真面目な声に戻ったマルコさん。
てっきり何か用事があって電話してきたんだとばかり思っていた私はつい間抜けな声を出してしまった。

「じゃあ何で…」
「用がねえと電話しちゃいけねえのか?」

ちょ、マルコさん!?
こんな恥ずかしいことをよくもまあさらっと…!

「へ!?や、あの」
「そうだねい…じゃあフィルと話がしたかったから、っていうのでどうだい?」
「い、いや!マルコさ」
「ああ、こういう場合はフィルの声が聞きたかっ…」
「も、もういいです!用は要りませんから!」

もうこれ以上言わせてたら私の心臓が持たない。
ちょっと失礼だけど強制終了させてもらうことにする。

「そうかい、なら問題ねえな。」

くつくつ笑うマルコさんはきっと私の顔が赤くなってることなんてお見通しだと思う。
あんな恥ずかしいことを私なんかにでもさらっと言えるあたり、天然の女たらしか何かだと思うんだ。

「マルコさんの冗談は心臓に悪いんですよ…。」
「…冗談、ねい。」
「ほ、本当にもう要りませんって!」
「くくっ、…じゃあフィルの方は何か用はねえのかい。」

また何か言われる前にストップをかけておかないと!
…でも用、かあ。
最近のことでマルコさんに話せるような話なんて何か……あ、ちょうどあったよね!

「…マルコさん、ひとつ聞いてほしい話があるんですよ!」
「ん?どうした、楽しそうじゃねえかい。」

そ、そんなに声のトーン変わっちゃってたかな。
何か子どもみたいで恥ずかしい…。

「そ、そうですか?…あの、今日私に会うためだけにわざわざ大学まで来た人たちがいたんです。」
「へえ、フィルの知り合いかい?」
「いえ、私は知らない人だったんですけど…向こうは知ってたみたいなんです。」
「…フィル。そいつらに何かされなかっただろうな。」

私でもわかるくらいマルコさんの声に真剣身が増して。
多分心配してくれてたんだと思うけど、私が知っているマルコさんからは想像もつかないような低い声だったから少しびっくりした。

「や、違います!そんな悪い感じの人たちじゃなかったんで…大丈夫でしたよ?」
「…そうかい。」

私が慌てて説明するとどうやら安心してくれたみたい。
次に聞こえてきたのはいつもと変わらない調子で話すマルコさんの声。
気づかれないよう私は静かに胸をなでおろした。

「あと、そのときに名刺ももらったんです、けど…」
「けど?」
「何か変なんです。会社名は検索しても該当しないし、会社の仕事内容もちょっとだけ変わってるような…。」

…うん、やっぱり変だよね。
きっとマルコさんも知らないだろうし…話したら余計に怪しく思えてきちゃった。
でも本当にあの人たちは私に会うことが目的だったんでしょ?
わざわざ嘘の名刺渡して帰るかな、普通…。

「…言ってみろよい。」
「えっと…仕事が『何でも屋』らしくて、会社名が『株式会社白ひげ』…です。」

マルコさんなら仕事内容で笑うかな、なんて思ってたんだけど。

「…マルコさん?」

不思議なことにマルコさんはしばらくの間黙っていたままだった。
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