「フィルちゃん、いいか?あのパイナップルの言ったことは本気にしちゃだめだぜ?」
「はい。」

車内の雰囲気は和やか。
行きに比べたら随分とこの子の話し方に固さがなくなったと思う。
くすくす笑って返事をするこの子はきっと自然体に近い。

「サッチさん、ひとつ気になってたんですけど…」
「ん?ひとつと言わずにいくつでもどーぞ?」

おどけたように言えばやっぱりこの子はどもってしまった。
この子は少し遠慮しすぎなところがあるんだよな。

「あの…パイナップル、って…。」
「ああ、それ?マルコのことだけど?」
「いや、それは、その…。」

ほら、まただ。
濁して気まずそうにする様子から察するに…パイナップルが誰を指してるのかって言うのはわかってて、何でそんな呼び方なのかってことを訊ねたかったんだろう。
何でそれが言えねえのかっていうと、もちろんここにいねえはずのマルコに気をつかってるから。
…あいつなんかに遠慮することなんてねえのに。

「…なあフィルちゃん。あいつの髪型、何かに似てると思わねえ?」
「え?……、あ。」

どうやら答えにたどり着いたらしく、横目で確認すれば笑いたいのを我慢してる様子。
やっぱり笑っちゃマルコに悪いとか思ってんだろうな。

「フィルちゃん、マルコには黙っててやるよ。」

おれが背中をひと押しすればその子は控えめに、でも声を出して笑い出したのでおれもつられて笑ってしまう。

「ぜ、ぜったい言っちゃだめですよ。」
「わかってるって。約束、約束な。」

喜べマルコ、お前の話題ですっげえ楽しそうに笑ってるぞ。
あ、不本意?そんなこと言うなって。
お前の話題が出たついでにこの子がお前のことどう思ってるか訊いてやるからさ。

「なあ、おれからもひとつ訊いていい?」
「いくつでもどうぞ?」

さっきのおれを真似した言い方。
恥ずかしいのかやりきれていない感はあるけど、今までの接し方に比べれば「よくできました」ってとこかな。

「フィルちゃんてさ、…マルコのことどう思ってんの?」

…うわ、おれのことじゃねえのに何でこんなに緊張してんだろ。
おいマルコ、ここで好きだって答えられたらどうする気なんだよ。
まさか本当に付き合うとか言うなよ?この子、十九歳のフツーの女の子だぜ?
つーか…フィルちゃんも何で一言も喋らねえんだ?
何て答えようか考えてる最中なだけか?
それか、やっぱり。

「…もしかしてさ、好きだったりす」
「!?そ、そんな!!ないです!違いますって!も、もちろんマルコさんは素敵だし格好いいですし、ちょっと…いや、大分からかわれたりもしますけど、でもすごく優しくしてくれますし話しやすいですよ!?で、でも好きとかそういうのじゃなくて、単純に憧れるというか尊敬するというか……ご、ごめんなさい。わかりにくいですよね?」

…こ、こんなに喋ってるフィルちゃんて初めてだな、ちょっとびっくり。
それより好きじゃないって…嘘だろ?
マルコにあれだけ相手されてて?
そんな女いたんだな…フィルちゃんすげえよ、違う意味で本当すげえ。
…あーあ、結局好きとかじゃなくてただの憧れなのか。
何か知らねえけどすげえ疲れた…

「…サッチさん?」
「、ダイジョーブ。ちゃんと伝わったって。テンパっちまうほどマルコが好きってことがな。」
「ち、ちが!?だから好きとかでは!」
「ははっ、わかってるって。ごめんごめん。」

こういう話は慣れてないから得意じゃねえんだな。
さっきあれだけ喋ってたのは、ああいう話をふられて恥ずかしくなったか照れただけなんだろう。

「は、恥ずかしいですし…マルコさんには絶対、絶対言わないでくださいね!?」
「はいはい、約束ね。」

さっきよりも必死な姿におれが苦笑するとまた念を押されてしまった。
それから十五分ほど走るとその子のマンションが見えてきて思ったよりも早かったな、なんて考えながら車を停止させる。

「サッチさん、ありがとうございました。帰り、気を付けてくださいね。」

車を降りて別れの挨拶。
対面してみて思うのは華奢だなーってこと。

「ありがと。…ほら、これ。」

渡した白い箱の中身はおれがつくったワンホールのチーズケーキ。
ある程度予想はしていたにしても中身がわかった途端に動揺するもんだからやっぱり苦笑してしまう。

「前あんなの食べさせちまったしさ。…おれこういうお菓子とかも得意なんだぜ?」

おれの話ちゃんと聞いてんのかな。
そう疑ってしまうくらいにフィルちゃんの視線はケーキに釘付け。
まあ…目きらきらさせてさ、すっげえ嬉しそうにされちゃあ何も言えねえんだけどな。

「サ、サッチさんありがとうございます!でもこんなに…。」

ああもう、何で遠慮しちまうかなあ。
今さっきした嬉しそうな顔のまま素直に受けとってくれればいいのに。
…ま、別に問題なんてねえけどな。

「ちゃんと小さめにしてんだろ?フィルちゃんのためにつくったんだから、全部フィルちゃんが食べればいーの。…それとも要らねえ?」

少しかがんで目線を合わせて。
こういう言い方すりゃあ、何て答えてくれるか知ってるから。

「!!い、いります!食べたいです!」

ほら、やっぱり。
最初から素直にそう言えばいいんだって。

「ん、じゃあどうぞ。また今度でいいから感想きかせて?」

嬉しそうな返事だけでおれとしてはもう十分。
けど。
どうせなら目の前で食べてもらえばよかったなんて思ったのは別れて車に乗り込んだときだった。
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