「マルコさん、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです!」
会話が途切れることなく時間はあっという間に過ぎてしまい、気がつけば十一時前。
さすがにまずいと思い、サッチに言ってフィルを送らせることにした。
玄関先でお辞儀をするフィルは来たときよりもずいぶんと肩の力が抜けている。
「そりゃあよかった。また誘っていいか?」
「ぜ、ぜひ!えっと…」
嬉しそうに承諾したフィルは体をずらして奥の様子をうかがっている。
エースがリビングで寝ているのだ。
そわそわとする彼女の様子から見て、エースにも別れの挨拶をしたいのだろう。
フィルはエースの質問攻めに少し面食らってはいたが楽しそうに話していたし、意外にもすぐに打ち解けていたようでよかったと思う。
「…エースなら気にすんな。ちゃんと言っといてやるよい。」
当分起きそうにねえからな。
そう付け足すとフィルはくすくす笑って「お願いします」と頼んできた。
おれに対しても、出会った頃に比べれば大分自然な接し方になってきたフィル。
それはまあ嬉しいことではあるんだが…。
「…フィルちゃん、いっそマルコん家に泊まってく?」
フィルの後ろに立っておれたちの会話を聞いていたサッチ。
おれと話す彼女を背後から眺めるサッチはおれが見ていることに気づいていないのか、わずかだが面白くなさそうな顔をしている。
「!!か、帰ります!お願いします!」
「ん。じゃあ行くぞー。」
「は、はい!」
フィルが慌てて振り向き答えるとサッチは普段の飄々とした表情に戻って先に歩き出した。
今日の様子を見ていても思うが、まだ自分が抱き始めた感情に気づいてはいないらしい。
…面倒くせえやつ。
「あの、マルコさん、お邪魔しました。」
焦っておれに再度頭を下げるフィル。
彼女も彼女で、無自覚にしてもサッチがどんな気持ちで言ってきたのか少しもわかっちゃいない様子。
帰る催促をされた、くらいにしか捉えていないんだろう。
「ああ。帰りは気をつけろよい、あいつは手が早いからねい。」
「へ!?」
「マルコ!?そういうの本当やめろよな!?ほらフィルちゃん、帰るぞ!」
「わ、わっ!」
戻ってきたサッチに腕をつかまれそのままおれの視界から消えたフィルを見送り、開きっぱなしの扉を閉める。
エースはもうこのまま泊まるだろう。
起きたら風呂に入れるようにと浴室に行き準備を始めた。
それも終わってエースのいるリビングに戻り、ソファーに座ってひとりでゆっくり飲んでいたら。
「…悪い、起こしたか?」
「んー、大丈夫。…あれ、フィルは?サッチもいねえし。」
テーブルに突っ伏して寝ていたエースが目を覚まし、人が減った部屋をきょろきょろと見渡す。
「お前が寝てる間に帰ったよい。サッチはフィルを送ってる。」
「そっか、もっと話したかったなー。」
そういえばエースのまわりは大抵おれやサッチみたいに年上のやつらばかりだったな。
残念そうにするエースの姿からすると自分より年下の知り合いができて嬉しいようだ。
「また誘えばいい。違うかい?」
「それもそうだな!」
明るく笑って返すエースはフィルとうまくやってくれる気がする。
少し安心しているとエースが何か思い付いたような顔をして。
「なあ、サッチに電話しようぜ!明日の朝も何かつくってほしいし。」
普段ならおれも異論なく電話をかけていると思う。
しかし。
「…今は止めとけ。」
「何で?…あ、そういえば運転中か!じゃあメールだな。」
この様子じゃあエースもサッチのことには気づいてないみたいだな。
勝手にそれらしい理由で納得してくれたのでおれは何も言わないことにした。
「…おれが言っといてやるからエース、お前は風呂でも入ってこい。」
「わかった、頼むな!」
ばっと立ち上がって鼻唄混じりに浴室へ向かうエース。
おれはサッチにメールをしようと携帯を手にしかけたのだが。
「…もう少し待ってやるか。」
そう呟いて、おれは続きを飲むことにした。