「あのなあ、おれの家は避難所じゃねえ。」

その通り、ここは避難所ではなくマルコさんの家なのだ。
ハルタさんを含む三人はこの家の主であるマルコさんに何の連絡も断りも入れないまま向かい、扉を開け驚くマルコさんに私を押し付け、それじゃあと言い残して去っていった。
私の顔が余程ひどかったのか、マルコさんはがしがしと頭を掻いたあと、とりあえず上がれと言ってくれたんだけど…。

「はい…」
「わかってるなら帰れよい。送ってってやるから。」
「だめです…」
「はあ?」
「だってサッチさんがまだいるかもしれないですし…」

そうだ、まだサッチさんがいるかもしれない。
その可能性があるかぎり、私は家に帰るという選択が出来ないのだ。
無関係なマルコさんを巻き込んでしまってとても申し訳ない気持ちでいっぱいになるし、ここは決して避難所なんかじゃないけど…どうしてだろう、ちょっと安心してしまう自分がいる。
体育座りのまま、もう今日だけでも百回を越えたんじゃないかというため息をつく。

「あいつら押し付けるだけ押し付けやがって…完全に面白がってやがる。」
「ごめんなさい…」
「じゃあ帰る気になったかよい。」
「…ならないです、ごめんなさい…」

こんなため息ばっかりつく人を急に押し付けられたマルコさんの気持ちを考えると、申し訳ないという気持ちしか出てこないし、はやく出ていった方がいいのはわかっているんだけど…今はあそこに近づきたくないと思ってしまう。
ぐるぐるとそんなことばかり考えていたら、マルコさんが呆れたように飲み物を差し出してくれた。
本当に申し訳ない…。

「怒ってんのかよい。」
「え?」
「あいつはそう言ってたぞ。」

サッチさんは私が怒っていると思ってるんだ…。
でもそれもそのはずで、あんな素っ気ないメールをして、電話も拒否して残りのメールも全く返していないんだから、怒ってると受け取られても仕方がないだろう。

「…最初は少し怒ってました。サッチさんにきつく言われたのもそうですし、私が風邪をひいたときのことを考えたら納得できなかったので…。でもあとから考えれば具合悪いのに来られて迷惑だったと思いますし、無理矢理会おうとしないですぐ帰ればよかったんです…。電話も拒否しちゃったしメールも返してないし、今さら何て謝ったらいいかわからないし、もう頭の中がぐちゃぐちゃで…」
「それをそのまま言えばいいだろい。」
「だってサッチさん怒ってるだろうし…」
「怒ってねえ。」
「……会いづらいです…」

はあ…どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
私がちゃんと最初のメールで謝っていれば済んだ話だったのに、気持ちを整理しないまま送ったりしたから…はあ、私のばか、本当ばか…。
このままだとマルコさんにも迷惑がかかるし、早く帰らなきゃいけない、いけないのはわかってるんだ。
けど…

「帰りたくない…」
「……あのな、そういうことは冗談でも言うもんじゃねえ。」
「ごめんなさい…でもサッチさんがまだいたらどうしようって…」
「そういう意…はあ、もうそれでいいよい。」

呆れられ…いやもう元から呆れられてたもんね、マルコさんごめんなさい…。
でもこんな私を無理矢理帰そうとはしないし、避難所じゃないなんて言いながらも私の話はちゃんと聞いてくれるし…やっぱり優しいと思うんだ。

「このままじゃだめだって、会って話をしなきゃいけないのはわかってるんです…。でもその勇気がでなくて…」
「勇気、ねえ…。」

それだけ返すと、マルコさんはその場を立って部屋から出ていった。
そう、うだうだ言ったり迷ったりしてても意味がなくて、結局サッチさんと話をしなきゃ何も事が進まないんだ。
そのための一歩を踏み出すことができたらいいんだけど…その勇気がどうにも出ない。
自己嫌悪していると、マルコさんが戻ってきて先程と同じところに座った。

「あのなフィル、おれやエースたちにあいつから連絡が来てるんだよい。お前の居場所知らねえかってな。」
「!マ、マルコさん、」
「安心しろ、言ってねえよい。」
「、よかった…」
「おれはな。お前をここに連れてきたやつらが教えてたよい。」
「!?そ、そんな、」
「ちなみに鍵はさっき開けた。」
「マルコさん…!!」

ひどい…!いや、マルコさんからすれば早く帰ってほしいでしょうけど…!
でもマルコさんはすごく優しいときもあれば、その反対で谷底に突き落とすようなこともする、そういう人だった。
途方にくれた私を見たマルコさんは、くつくつと笑うばかり。

「その調子じゃいつまでたっても勇気なんて出ねえだろい。さっさと会って話してこい。」

正論だ、何の反論も出来ない…。
サッチさんがもうすぐ来るかもしれないと考えると気持ちは焦るけど、隠れたり逃げたりする気は起きず、ただただ不安になるばかりだった。
そうして数分も満たないうちに乱暴にドアが開く音が聞こえたあと、荒い足音が近づいてきて。

「フィルちゃん!」

息を切らしたサッチさんに名前を呼ばれた私は、視線を合わせるのが怖くて顔を伏せた。
何をどういう風に言えばいいのかわからない。

「、その…」
「ここフィルちゃんの家じゃねえだろ、帰るよ。邪魔したな。」
「ああ。」
「マ、マルコさ」
「ほら!帰る!」

何だかサッチさんの口調もきつくて、怒っている気がして。
反射的に助けを求めると、サッチさんは無理矢理私を抱えてこの場から連れ出した。
車の中でも一言も話さず、行動もいつもより荒いサッチさんに怯えを感じてしまう。
普段よりずっと長く、そして息苦しく感じた帰り道。
着いた場所は、サッチさんの家だった。
- ナノ -