ああ、これはきっと天罰だ。
フィルちゃんに嘘をついてしまったから。

(…こりゃやべえかもな。)

風邪は悪化する一方で、ちっとも良くなる気配がない。
市販の薬で済ましてねえでさっさと医者にかかれってことか?
のぼせたように頭がぼーっとする。
今まではまだ我慢できるものだったが、朝からこの状態はまずいかもしれない。

「うわ、サッチ熱あるでしょ。そんなので運転してきたの?」
「…電車。」
「お前大丈夫か?帰って寝てろよ。」
「来たばっかだぞ。今日は店も出ねえし問題ねえ……」

すっと近づいてきたマルコに肩を押されると、笑えるくらいに体がよろけた。
そのまま近くのデスクに当たってその場に屈んでしまったため、自分でもこれは限界だと諦める。

「…クリエルがあと一時間後くらいに出るから、それに乗せてもらって帰れよい。言っといてやるから。」
「…おう。」
「時間になったら呼んでやるからよ、それまで空いてる部屋で休んでろって。な?」
「悪い…そうする。」

ーー


「助かった。ありがとな。」
「礼はいいから明日病院に行け。じゃあな、何かあったら連絡しろよ。」
「おう。」

はあ…無理して仕事に行くもんじゃねえな、頭が痛いし寒いし体が重い。
今日は日曜だから病院は明日行くとして…さっさと寝ちまおう、それが一番いい。
荷物を適当に放って服を着替え、ベッドに沈む。
頭痛や寒気はするものの、目を閉じるとすぐに眠りにつけそうなくらいには疲れきっていたようである。
うつらうつらと意識が落ちて…どれくらい経っただろうか、インターホンの音で目が覚めた。
宅配なんて頼んだ記憶もねえし…どうせ勧誘の類いか何かだろう。
そうして無視を決め込んだのだが、幾度となく鳴らされる上に控えめながらも扉まで叩かれる始末。
普段は優しい仏のようなおれも、今ばかりは許せるはずもなく。

(…チッ、誰だよ。)

無神経に何度も鳴らしやがって…こっちは風邪引いて寝込んでるんだぞ?
インターホン越しに追い返してやってもいいが、それだと気分が収まらねえ。
重い体を起こし、勢いに任せてドアを開けてやる。

「うるせェんだよ!とっとと失せ…、!?」

自分の目を疑った。
そこには絶対にいるはずのないフィルちゃんが立っていたのだ。
予想外の人物がいたことで、さっきまでの怒りは一瞬にして吹き飛んでしまう。

「…は?フィルちゃん?なんで??」
「ご、ごめんなさい、やっぱり寝てましたか?…その、うるさくして、、ほんとにごめんなさい、私」
「!ちちち違うから!大丈夫!全ッ然うるさくねえし!」

自分の出した声にくらりとしたが、そんなことよりもだ。
さっきのおれの態度で完全に畏縮し、怯えてしまったフィルちゃんを何とかしなければ。
こんな場所で話を進めるわけにもいかず、一先ずフィルちゃんの腕をつかんで家の中に引き入れた。
外に長居させてしまっていたことで、その小さな体はすっかり冷えてしまっている。

「マルコさんたちが教えてくれたんです。風邪引いて熱もあるから帰らせたんだって…。」

あいつら、本当余計なことしてくれやがって…!
フィルちゃんにそんなこと伝えたら絶対来るに決まってるだろ!?これで伝染ったらどうすんだよ!

「飲み物とか食べやすそうなものも買ってきたんです、だから…」
「わかった、ありがと。もう帰っていいよ。」

心配してわざわざ来てくれた嬉しさよりも、こんな姿を見られた決まりの悪さの方が大きい。
フィルちゃんが気圧されているのを見て、冷たくきつい態度をとっていたことを理解した。
早く言いくるめて帰らせねえと…。

「伝染したくねえしさ、寝てるだけだし大丈夫。」
「でも、」
「明日病院行くから。そんな心配しなくて…」

波が来たのか、ぐらりと視界が歪んだので咄嗟に壁を支えにする。
だめだ、もう頭が回らねえし立ってるのも正直キツい。

「大丈夫ですか?私に何か出来ることがあったら…」
「何もねえから!もう帰って!」

そう言って力任せに追い出したあと、おれは倒れ込むようにしてベッドに沈むのだった。
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