駅の改札を出ながらきょろきょろと辺りを見渡すと、いくつかある大きな柱のひとつに目的の人物を見つけることができた。
他の通行人より頭ひとつ分抜けているその人も、誰かを探すように改札を出る人たちに視線を巡らしている。
今日は雨で湿気が多いからかその人の前髪は全て後ろへ流されていて、どんな髪型でも格好いいなあとつい足を止めそうになってしまう。
そんな私と目があった途端、その人はこっちこっちと呼ぶような笑顔をくれた。

(…あ、あのとき選んだカチューシャつけてくれてる…)

それだけでも嬉しくて、顔がほんのり熱を持つ。
少しうつ向きながら小走りで向かうと、サッチさんは軽快にあいさつをくれた。

「来てくれてありがとな。雨大丈夫だった?」

サッチさんは迎えに行くと言ってくれたけど、雨の中私の家まで来てまた戻って…というのは申し訳ない。
それにサッチさんの家の最寄り駅はどこなのか知っておきたかったし、自分で行ってもみたかったから。
以上の理由を言えばサッチさんはううんと声を出して悩んでいたけど、帰りは送るという条件で了承してくれたんだ。

「はい、私のところはそれほどだったので…」
「そっか。」
「……」
「……」
「…そ、そんじゃあ行く?途中スーパー寄りたいんだけど、」
「!大丈夫です、行きましょう、」

妙な間があったあと、サッチさんの一声で私たちは歩き出した。
今までのデートとはちょっと違う空気。
何が違うかと言われると…変な緊張感というか、お互いの出方を探っているような感じというか、雰囲気が悪いわけじゃないんだけど…ううん、上手く言えない。
わ、私が意識しすぎなのかなあ…?

「ほら、あそこ。近いだろ。」

サッチさんが視線で差した先にはスーパーがあった。
振り返るとさっき出てきた駅が見えるくらいには近く、時間にしてもまだ三分ほどしか歩いていないだろう。

「サッチさんはいつもここに行くんですか?」
「ああ。家からも近いしな。」

サッチさんがよく行くスーパー。
それだけでこの至極普通の場所が特別に見えてしまうから、私はサッチさんのことが好きすぎるようだ。
傘を閉じて店の中に入ると、少し冷たい空気が肌に触れた。

「昼、何が食べたい?」
「え?ええと…」
「特に希望がなければ前に言っていた通りオムライスになりますが。」
「!オムライス食べたいです、」
「ふわとろ?それとも…」
「!!ふ、ふわとろで、」
「はいはい。」

サッチさんは苦笑しながら買い物かごを手に取った。
私ひとりで買い物をするときと違い、サッチさんがいるとただの買い物でも特別感が出ていつもより楽しく感じてしまう。
これもデートの一部といえば一部だからそうなんだけど…こんなに落ち着かない買い物は初めてだ。

「あの、傘持ちます、」
「そう?…じゃあお願いしようかな、ありがと。」

私のものより少しだけ大きい紺色の傘を受けとる。
野菜売り場をゆっくりと歩きながら、サッチさんは私に聞こえるくらいの声で独り言を呟きだした。
どうやら冷蔵庫の中身を思い出しているらしい。

「玉ねぎはあったから…やっぱ玉子だな。あとは…鶏肉くらいか?何か入れてほしいのある?」
「い、いえ、特には、」
「そう?まあシンプルなのもうまいし…いいでしょう、あとはおれの腕でおいしくします。」

頼もしい…!
サッチさんがそう言うと説得力がありすぎる。
オムライス自体大好きなのに、それをサッチさんがつくるんだから…うん、絶対的なおいしさが約束されているようなものだ。

「んー…せっかく来たけどそんなに買うものなかったか、ごめんな。」
「いえ!ほら、玉子大事ですし、」
「それもそうか。それじゃあ…会計するかな。」

あ、そうだ、ここを出たら…。
楽しい買い物に忘れかけていたけど、ふとそのことを思い出した私は少しずつ緊張を取り戻してしまうのだった。
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