「サッチサッチサッチサッチサッチー!!」

昼の営業と夜の予約分の準備をしていると、忙しない足音と共にとある人物の声が近づいてくるのがわかった。
連呼されている男はおれの近くでスープをつくっている途中だったが、ぴたりと体を停止させその表情を曇らせる。

「……」
「呼ばれているぞ。」
「…隠れるわ。いねえっつってくれ。」

男はそれだけ告げると、大きな体をせっせと小さくしながら台の下に隠れ始めて。
それからしばらくも経たないうちに、ばん!と勢い良くドアが開く。

「サッチ!」

声で分かってはいたが、ドアから現れたのはハルタだった。
普段整えられている髪は少しばかり跳ねていて、もしかすると起きて間もないのかもしれない。

「ジョズおはよ!サッチいる!?」
「おはよう。この台の下にいるぞ。」
「裏切り者ォ!!」

早々に居場所をバラされたサッチは、台下から出てくるなりおれにしがみついて不満を露にする。
それにかまわず野菜を洗っていれば、ハルタがこっちに近づいてきた。

「サッチあのさ、赤飯の炊き方教えてよ!」
「せ…赤飯?何だよ急に、」
「炊くの。だから教えて!」

ハルタにしては妙な頼み事だが、その熱心な態度にサッチは毒を抜かれたようだ。
料理はほとんどしないハルタがこうして関心を持ったことが少なからず嬉しいのか、いつものように邪険に扱うような素振りはない。

「別にいいけどよ…お前がそんなこと聞いてくるなんて珍しいな。何だ?知り合いに祝い事でもあったのか。」
「何言ってるの。サッチのためなのに。」
「はあ?お、おれ?」
「次のデートってサッチの家行くんでしょ?だからお祝いに炊いてあげる!」

ああ、それで。
きっとハルタは今朝そのことを知って、いてもたってもいられなくなりサッチの元へと急いだんだろうな。

「そうなのか。」
「うん!ジョズも祝ってあげてよ。よかったねえサッチ、やっとフィルと家デート出来て。サッチのことだからもうご飯のこと考えてるんじゃない?何するの?DVDとか借りて一緒に観たら?あとは」
「…おいハルタ、」
「何?」
「まずその顔やめろ!」
「やだなー、ぼくも嬉しいんだって。ね?」

ハルタはそう言うが、からかいたくて仕方がないという雰囲気は少しも隠れていない。
ふたりの仲が大きく進展することを期待しているのだろうし、サッチもハルタの考えていることがわかってしまうので苛立ったのだろう。

「あのなあ…勘違いしてねえか?その日がもし雨だったら家行くってだけで、晴れか曇りだったら水族館行くんだよ。わかったか。」
「あれ?そうだったの?」
「そうなんだよ。…どこ情報だ?」
「アキから。」
「……今後フィルちゃんには喋らせねえようにするか。」
「えー!?絶対だめだからね!?」

最初はハルタを拒否していたくせにな。
なのに見つかってしまえば何だかんだ言いながらこうして相手をするのだから、やはりサッチはお人好しだと思う。

「でもそういうことなら任せてよ。ちゃんと家デートできるように雨乞いしてあげ」
「いらねえ。」
「もー!人の親切は受け取っとくものだよ!ねえジョズ、一緒に雨乞い」
「はいはい、仕事の邪魔だから戻ろうなー。」
「あ!?ちょっとサッチ!下ろして!」

サッチはハルタの後ろへ歩み寄り、まるで子どもを相手にするように脇の下から抱え上げる。
細身の体は高く上がり、床に足は到底つきそうにない。
サッチはそのままドア前まで移動すると、体を器用に使ってドアを開けてしまった。

「ねえってば!本当は水族館行くよりも家デートしたいんでしょ!それでフィルといちゃいちゃしたいんでしょ!素直にそう言」
「はいさよーなら。」

サッチはぽいと外へ放ると、ハルタが体勢を立て直す前にドアを閉めて鍵まで掛けてしまって。
こうなるとハルタも手が出せないので、サッチに一言投げつけて足音荒く上へと戻って行く。
外が静かになると、サッチは面倒事を終えた後のように深いため息をついた。

「朝から無駄な体力使っちまっ……ん?どうした?」
「…いや、オヤジがこの前面白い粉をもらったと言っていたのを思い出してな。」
「ふーん。何の粉だよ。」
「雨を降らす粉だそうだ。」

おれの返事を聞くと、スープの灰汁を取ろうとしていたサッチの手が止まって。
その反応につい笑ったところ、サッチは恨みを込めたような目でおれを見るのだった。
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