「「「……」」」
「ああ、残念だ。負けちまったよい。」

勝負はあっさりと終わってしまった。
マルコさんの腕は最初こそ少しも傾かなかったんだけど急に抵抗する力が消えてしまい、それからマルコさんの手の甲がテーブルにつくまでは一瞬だったのだ。
サッチさんもエースさんも、勝負をした私でさえも何が起こったかよくわからないという状態でマルコさんを凝視する。

「…お、おいマルコ、あのなあ、」
「しょうがねえだろい、おれの予想よりもフィルが怪力だったんだよい。」
「そ、そうなのか?フィル、お前ってそんなに力強…」
「ち、違います!」
「冗談だよ、けどマルコ…」

エースさんが言いかけた言葉はぷらりと宙に浮いたまま。
三人からの視線を一身に浴びているマルコさんは、それらに何の反応も見せずに私が用意した小袋を取る。

「約束だったからな。フィルもこれでいいか?」
「は、はい…」

それはいいんですけど、でも、ええと…。
この違和感を上手く言い表すことが出来ず、部屋から出ていくマルコさんをそのまま見送ることになってしまった。

「「「………」」」

サッチさんもエースさんも口が開いたままで。
ぽつんと部屋に残されてしまった私たち三人は、お互いの考えを読み取るように視線を合わせる。

「…おれ、マルコが勝つと思ってた。」
「…同じく。多少遊ぶかなとは思ったけど…フィルちゃんは?」
「私もです…何かあれっ?て…。お金のことはこれでよかったですけど…その…」

変な話…私たちは全員、マルコさんはサッチさんの流れを汲んで勝つとばかり思っていたわけで、私が感じた限りではマルコさんだって途中まではそのつもりだったはずで。
でも結果はそうじゃなくて…私たちは揃って頭を捻るのだった。

ーー


「あいつって何考えてるかわかんねえときあるよな…」
「ああ、おれもあいつとは長ェけど…未だにわかんねえって思うときあるわ。」

あれから10分ほど経ったけど部屋はまだ三人のままで、そのせいもあって話題は変わらずマルコさんのこと。
マルコさんとの付き合いが私よりもずっと長いふたりは、不可解そうな顔をして唸っている。

「フィル、やってる最中に何か感じなかったか?」
「い、いえ、本当にさっぱりで…」
「あいつは小難しいこと考えすぎなんだよなー。だからあんな嘘みてえな髪の残り方しでッ!?」
「お前が考えなさすぎなんだよい。」

私とエースさんがあっと思ったときにはもう遅く、サッチさんは戻ってきたマルコさんに足蹴にされてしまった。
マルコさんは倒れたサッチさんの上にどかりと座る。

「ぐえっ!?」
「マ、マルコさん、」
「お前どこいたんだ?」
「外出てたんだよい。冷てえのが食いたくなった。」

そう言いながら、マルコさんがテーブルに広げたのはアイスクリーム。
種類も味も様々なそれに、エースさんと私は喜びの声をあげた。

「やった!結構買ってきたな。」
「選べた方がいいだろい。」
「マ、マルコどけ、おれにも見せろ、」
「驚いたよい。最近の椅子は喋るのか。」
「違うっつーの!」
「フィル、」
「え?」

サッチさんを無視したマルコさんが渡してきたのは、さっき受け取っていたはずの小袋だった。
もしかしてと思ってマルコさんを見ると、案の定マルコさんはこう続ける。

「あれじゃ多すぎるからな。これで勘弁してくれよい。」
「で、でも…」
「…フィルちゃん、今回はおれらを立てると思って。な?」

(苦しそうな様子の)サッチさんからもそう言われてしまったし…これ以上は逆に困らせるだけなのかもしれない。
躊躇いながらもそれを受けとると、マルコさんはふっと表情を崩して固い椅子から降りる。

「すみません…ありがとうございます。」
「気にしなくていいよい。…次からフィルにはアイス係でも頼むか。」
「それいいな!アイスはいつ食ってもうまいし。コンビニも近いしな。」
「あ、ということは次からデザートはサボっても…」
「「は?」」

絶対に許可してくれなさそうな眼光がふたつ。
それを受けたサッチさんは、やっぱりかと諦めたようにため息をついた。

「わかったよわかりましたよ、つくりゃいいんでしょ。」

結局、小袋の中身は一枚も減っていなかったんだけど。
私がそのことに気がついてマルコさんにメールを送るのは、家に帰ってからの話だ。
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