「フィルちゃん??な、何で?」

サッチさんは私を見つけると、一直線に駆けてきた。
とっくに帰ったと思っていたのか、サッチさんは心底驚いているようだ。

「は、花火見終わって帰ろうと思ったんですけど、電車がすごく混みそうだったので…」
「ので?」
「ただ待ってるのもあれだし、まだサッチさんいるかなと思って…」
「アキちゃんは?」
「予定があるので先に…」
「ってことは…ひとりで来た?」
「……」

食い気味に質問をするサッチさんに圧倒され、私はおずおずと首を縦に振った。
するとサッチさんはにっこりと笑うのに、その笑顔はどうしてか私の防衛本能を呼び起こす。
こ、これはもしかして…

「こんな時間にひとりでうろうろしてたら危ないでしょ!」
「ご、ごめんなさ」
「謝ってもだめ!」

怒鳴られたわけじゃなかったけど、反射的にびくりと身構えてしまう。
言い方こそ優しいものの、サッチさんの表情はいつもよりもずっと厳しい。

「必ずってわけじゃねえけど祭りのあとはそういうやつらがいたりするの。今日みたいに規模がでかい祭りだと余計に。」
「でもまだ人もいますし、」
「けど戻るときはもっと減るだろ?それにそんな格好してたら何かあっても逃げられねえよな?おれのこと気にするのはいいんだけど、心配するようなことはしてほしくねえ……フィルちゃん?どうし…、!!」

あのとき素直に帰っていれば、こんな気持ちにならずに済んだのかな。
姿を見るだけでもいいと思っていたけど、本当のことを言えば会って話がしたかった。
せっかくの夏祭りだから、少しでも一緒にいたかったんだ。
友だちにもああ言われたし私も止めておいた方がいいかなと思ったけど、でもサッチさんならいつもみたいに笑って迎えてくれるかなって勝手に期待してしまっていたんだろう。
だからあんな顔をされたのがショックで、もしかしたら嫌われたかもしれないと思って。

「…ごめんなさい、もう帰ります。おやすみなさい…。」

とてもじゃないけどサッチさんの顔を見れる状態じゃなくて、駅へ向かおうと背を向けた。
そのまま重い足を動かそうとしたら、後ろから浴衣の袖が引っ張られてその場に留まることを強いられる。

「さっちさん…」
「ハ、ハイ、」
「放してくれないと帰れないです…。」
「……ひ、ひとりで帰すのは危ねえし、おれも戻る途中だったし、それならあっちまで一緒に行こ?な?」
「……」

胸につかえたものは取れず気は進まなかったけど、サッチさんは手を放しそうになかったので私は一度だけうなずいた。
微妙な距離感を残し、私とサッチさんは人通りの少ない商店街を歩く。
いつもなら手をつなぐけど今ばかりはそれもなく、サッチさんは私の袖をつかんだままだ。

「…は、花火きれいだったな、おれも建物の間から見たんだ、」
「……」
「……こ、このあとマルコと飯でも行くかって話してたけど男ふたりでっていうのも何かつまんねえし、どうせだったら女の子がひとりくらいいてくれたらなーとか思うし、おれもマルコも知ってる相手だったら気が楽だし、浴衣着てたら尚更いいなーとか思うし、」
「……」
「だ、誰か一緒に行ってくれる子いねえかなー…」

どう考えても私に向けたお誘いだったけど、私が全く反応しなかったからサッチさんは心配になったらしい。
サッチさんは私にアピールするかのように、浴衣の袖をくいくいっと小さく引っ張ってきた。
ここで初めてサッチさんの方を向くと、サッチさんは大きな体をびくりと跳ねさせて立ち止まる。

「……ど、どうでしょうか…。」

さっきまではあんなに厳しい顔してたのになあ。
今はその面影もなく、まるでご主人様の機嫌をうかがう大型犬のようだ。
しゅんと耳を垂らして、切なそうな声をあげる姿まで想像できてしまう。

「…そんなにびくびくしなくていいですよ。」
「へ?」
「もう大丈夫ですってば。それと…心配させるようなことしてごめんなさい。」
「お、おれも言い過ぎたし…ごめんな。周りからも言われるんだけど、おれフィルちゃんにだけはすげえ心配性になるみたいで…」

私が拗ねていただけなのに自分も悪かったと謝るんだから、サッチさんはやっぱり優しいし私よりもずっと大人だなと思う。
胸のつかえも無くなってほっとしていると、サッチさんが袖から手を放して苦笑した。

「やっぱこっちの方がいい。…フィルちゃんは?」

右手があたたかさと安心感に包まれる。
私はしっかりとうなずきながら、サッチさんの手を握り返すのだった。
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