「フィル、こっち、」

駅の改札口周辺はたくさんの人で溢れていた。
きっとこの人たちのほとんどが私たちと同じ場所へ行くんだろうと思うと、このお祭りの規模の大きさを改めて感じる。
改札を通った私は数秒と経たずに人の波に飲まれてしまったけど、友だちが腕を引っ張り助け出してくれた。

「ご、ごめん…ありがとう。」
「いきなり消えるから焦った。」
「だって人多いし、波に飲まれたというか…」

それに今日は服装も違う。
からころと鳴る足元に、紺色を基調にした浴衣を着ているのだ。
サッチさんに見てほしくて髪もがんばったんだけど…サッチさん、どう思うかなあ。
白を基調にした浴衣姿のアキと並び、会場を目指して歩き出す。

「結局サッチさんってどこにいるの?」
「そ、それが教えてもらえなくて…」
「何で?喜んで教えてくれそうなのに。」
「会ったら仕事放棄したくなるからダメだ、って…」
「あ、そう…。」

あのかき氷屋さんを出た後、予定通りサッチさんの家に行ったんだけど…私に白状させようとサッチさんが仕掛けてきた行動がそれはもうひどかった。
大きな体格と繊細な包丁捌きが出来る手を存分に使って、私の脇腹を一方的にくすぐってきて…ああ、思い出すだけでも体が震えてくる。
もう終わりかと思ったら、私が気を抜いた一瞬の隙を狙ってまた再開するし…最後の方なんて当初の目的から外れてサッチさんが楽しむためにくすぐっていた気がする。
そうして心身ともに追い込まれて白状したのに結局教えてくれなかったし…サッチさんはとてもいじわるだ。
今度は私がサッチさんをくすぐって『参った』って言わせてやる…!

「ハルタさんは何手伝うとか言ってなかったの?」
「…会社で居残り組なんだって。自分もこっちが良かったって文句言ってたけど、毎年のことだから諦めてた。」

文句を言う姿が想像できて、つい笑ってしまう。
普通の会社にある部署みたいなものが白ひげにもあるらしく、それでお祭りの手伝いの振り分けもしているんだとサッチさんは教えてくれた。
話をしながら歩いていると、会場が近づいてきたせいか辺りが活気づいてきた。
周囲の家族連れや恋人と来ている人、グループで来ている人…みんな楽しそうに笑っている。

「とりあえず…お祭りを楽しみますか。何か食べる?」
「うん…あ、あそこでジュース買いたい。」
「まだいるの?」

増えてきた露店の中から飲み物が売っているお店を指差すと、友だちは呆れたような声を出した。
そして、私が持っている保冷バッグをじっと見る。

「その中に入ってるもの、言ってみなさいよ。」
「…スポーツドリンクと麦茶と炭酸が一本ずつ…」
「それだけあれば十分でしょ…。」

これは私が用意したサッチさんへの差し入れだ。
どんなものが飲みたいかその時にならないとわからないし、出来るだけ冷たいものを渡せるように保冷剤も多めに入れた。
こんな差し入れじゃ本当は満足できないけど、差し入れが大きすぎても仕事の邪魔になるから…やっぱり飲み物が一番無難な気がする。

「で、でもいつ出会うかわからないし、冷たい方がいいし…あ、ほら、オレンジジュース飲みたいってなるかもしれないし、」
「…氷溶けたら味薄くなるけど?」
「わ、私も飲むから、ね、」
「はあ……せめて小さい方買いなさいよ。出会うまでは何個か買うことになりそうだし。」

半分諦めたようなアドバイスを受け、私は露店へと足を運ぶのだった。
- ナノ -