マルコさんのときも緊張したけど…今回は一段とひどい気がする。

(だ、だめだ!全然落ち着かない…!)

今日の私は朝起きてからというもの時計と携帯が気になって仕方がない。
約束の時間は午後四時だというのに、昼過ぎにはいつでも出られる状態だった。
大好きなお菓子の雑誌を読んで気をそらそうとするけどそれも無駄なあがきで。
ついには家の中で待っているのも我慢できなくて、一時間も早くマンションの外で待つことにしたのだった。

「うう、ひどいよマルコさん…。」

私がまだサッチさんに馴れてないのわかっててやったんだ、絶対そうだ。
だってマルコさんの声楽しそうだったもん。

(いや、楽しみにはしてるんだけどなあ…。)

そう、今日は楽しみだった。
年上の人と仲良くすることなんてあんまりなかったからマルコさんやサッチさんと知り合いになって今日みたいに集まりに呼んでもらえて嬉しいし、今日は新しくエースさんという人にも会える。
うん、楽しみにしてたんだ。
…でも、でも!

(サッチさんとふたりきり…!)

前はマルコさんがいたから大丈夫だったけど、まだふたりで話したりっていうのはしたことがない。
サッチさんが怖い人じゃないのはわかったし、逆に楽しそうな人だなあって思ったくらいだ。
でもそれとこれとは話が別というか何だか気まずいというかまだ馴れてないというか…

「もしもーし。」
「へ!?」

ぱっと声のした方を向くと、立っていたのはまさかの話題の人物。

「あれ、マルコから連絡いってねえ?今日って四時であってたよな?」

慌てて携帯を見ると時刻はちょうど午後四時。
ひとりそわそわしているうちに時間が思ったよりも過ぎていたらしい。

「ご、ごめんなさい!あってます、四時です!」
「ならいいんだ。…いや、すげえびっくりされたからさ。」
「、えっと、少し考え事してて…。」

その考えていた内容は実はあなたのことなんですなんて言えない。
しどろもどろになってしまいサッチさんから目線を外すと、すぐ上から笑い声がして。

「百面相してたぜ?…さ、行こっか。」
「え!?あ、あの!」
「ほら行くぞー。」

百面相してたって…怪しすぎるし恥ずかしすぎる!!
手をひらひらとさせながら車へと向かうサッチさんを慌てて追いかけ、助手席にお邪魔する。
緊張からぴんと背筋を伸ばしている私に気づいたサッチさん。
くつくつ笑いながら「そんなんじゃマルコの家までもたねえぞ」と言われてしまい、私はひっくり返った声で返事をしてしまった。

(サッチさんってやっぱり体格よすぎ…!)

隣で運転するサッチさんを(極力ばれないように)こっそり見る。
サッチさんはお休みの日だからオフなのか、前回同様リーゼントじゃなくてカチューシャで全部後ろにあげた髪型。
捲られた白シャツの袖から見える腕はすごく男性っぽくてしっかりしてる。
手も大きそうだし、私が隣に並ぶと余計に自分が小さく感じた。

(や、やっぱり落ち着かないよ…。)

サッチさんが予想してたよりも自然に話してくれたから内心すごくほっとしたけど、サッチさんとは前に会ってから約二ヶ月…いや、それ以上経ってるわけで。
さっきからぐるぐる頭を巡らせてるのにどんな話をしたらいいのかさっぱりわからなくて、結局は緊張しっぱなしなのだ。

(くそう、確信犯マルコさんめ…!)
「なあフィルちゃん。」

急に話しかけられてびくっと肩が上がってしまった。
ばれてないことを願いつつ、運転中で前を向いたままのサッチさんに返事をする。

「は、はい。」
「フィルちゃんてさ、料理何が好き?」
「…料理ですか?」
「そ。あいつらと集まるときは毎回おれがつくるの。リクエストとかあったら何でもきくぜ?」

へえー、サッチさんって実は料理できたんだ…っていやいや!決してあの渡されたマフィンがちょっと変わった味だったから料理苦手なんだとか思ったわけじゃないよ!?
ま、まあ…毎回つくっててリクエストも何でもきくってことは料理がすごく得意なんだろうな。
でもサッチさんが料理得意って意が…

「意外だなって思ってるだろ?顔に出てるぜ。」

びっくりして隣を見ると、笑っているサッチさんとばっちり目があった。
え、運転は!?と思ったら残念なことに車は赤信号で停止中。

「や、あの!…ご、ごめんなさい…。」
「ははっ、気にしてねえって。それよりさ、好きな料理ある?」
「ほ、本当ごめんなさい…。えっと…」

特に気にする様子もなく笑ってくれるサッチさんに、もう本当ごめんなさいと心の中で何度も何度も謝罪する。
…えっと、好きな食べ物だよね。
一番はあまいものなんだけど今は違うから置いといて…和食も洋食も好きだし、中華も好きだなあ。
サッチさんは何でもいいって言ってくれてるけど少し遠慮してしまう。
でも何か答えないとせっかくきいてくれてるのに悪いよね。
…じゃあ、私が特に好きなのはやっぱり「あれ」かなあ。

「…ほ、本当に何でもいいですか?」
「お、決まった?何でもどーぞ。」

ちょっと恥ずかしい気もするけど…何でもいいって言ってくれてるしね!

「じゃあ、玉子焼きで…。」

や、やっぱりピンポイントすぎたかな…。
そう思って運転中の隣の人をちらりと見る。
あれ、無反応…?と思ったのも束の間、サッチさんは盛大に笑いだした。
笑われてしまいそれはもう恥ずかしくて顔が熱くなる。

「な、何でもいいって言ったじゃないですか!」
「言った言った、笑って悪かったって。」

ま、まだ笑ってる…!
好きなんですよ玉子焼き、だっておいしいじゃないですか!
やっぱり言うんじゃなかった、と後悔しながら笑いすぎで乱れた呼吸をととのえるサッチさんを見る。
すると、私の視線に気づいたサッチさんはもう一度謝ってから。

「おれも好きだぜ?そういうの。」

すっげえうまいのつくってやるよ。
とびきりの笑顔でそう言われてしまい、恥ずかしさなんて忘れてしまった私はうなずいて返すことしかできなかった。
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