「ごちそうさまでした。」

少しだけサッチさんにも手伝ってもらい、お鍋の中身はきれいさっぱり無くなった。
お腹もいっぱいで体もぽかぽかして…ちょっとだけ具合が良くなった気分になる。

「お粗末様でした。薬ってどこ?」
「その…青い箱に入ってるやつです。」

すでに水を用意してくれていたサッチさんに頭が下がる想いでいっぱいになりつつ、テーブルの端に置いてあるそれを示す。
サッチさんはひょいと手を伸ばして手に取ったまではよかったんだけど…薬の箱を眺める眉間にどんどん皺が寄っていって。

「…フィルちゃん?おれの予想が正しければこれは市販のやつなんじゃないでしょうか?」
「そ、そうです、けど…」

じとりとした目をそのままこっちに向けるサッチさんの顔からは不満の二文字が浮かんで見える。
な、何か納得いかないことがありましたでしょうか…?

「次からは病院行って医者に診てもらうこと。そんでちゃんと薬もらうこと。」
「えと、」
「返事は?」
「…わかりました。」
「よろしい。」

サッチさんは満足そうに大きく頷いてみせてから薬を渡してくれる。
つ、次同じことをしたらどんな目に遭うかわからないし…そのときはおとなしく病院に行こう、うん。
私がひとり心に決めているとサッチさんが食器をまとめだした。

「飲んだら布団入ってて。」
「置いててください、それくらい自分で」
「言うこと聞く。…今日くらいおれに甘えて?」

今までもずっと甘えてるのに。
少しの間の後にこくりと頭を下ろすと、サッチさんは安心したように口許を緩めて私をベッドへと促した。
ほっと息をつきながら布団に入る私の耳にドアを挟んだ向こう側から食器を洗う音が聞こえてくる。
姿は見えないけど…サッチさんがそこにいるということがわかるから聞こえてくる音はうるさくも何ともなく、むしろ嬉しいくらいだった。
水の音が止んでしばらくもすればサッチさんが戻って来てベッド脇に屈んでくれる。

「…ありがとうございました。」
「どういたしまして。…ぐっすり眠れそう?」
「はい。」

そこからは特に会話が続くこともなくて、部屋はしんと静かになった。
ちらりと見た時計は八時半を指している。

「…材料余ったやつ冷蔵庫入れとくな?ゼリーとか買ってきてるから明日にでも食べて。」

サッチさんはいつもより穏やかな声でゆっくりと話をしてくれた。
普段なら安心するその行為も、この状況だともうすぐ帰ってしまうことを意識させられて寂しくてたまらなくなる。
迷惑だってわかってる。
私の様子を見に来てくれたってことだけでも十分なくらいに嬉しい。
でも…本当はもう少しだけそばにいてほしくて。

「土日ゆっくり休めば良くなると思うから。…ちゃんと治ったら連絡くれる?」
「はい…」
「どうかした?」

開きかけた口からは何も言葉が出てこない。
子どもみたいなわがままで困らせたくないし、少しだって嫌われたくない。
サッチさんに嫌われるのが怖いんだ。
いつまでも黙っているとサッチさんは少し困ったような顔をして、それから静かに息を吐き出した。

「…あのな?今もそうなんだけど…思ってることがあるなら言ってほしい。言わなきゃ伝わらねえこともあるってのはフィルちゃんもわかるだろ?」

優しく言い聞かせるような口調は決して怒っているようには思えなかった。
それでもサッチさんの口から初めて私への不満を聞かされたことがすごくショックで、その悲しさと申し訳なさから目を合わせていられなくなる。
それが顔にまで表れてしまっていたのか、サッチさんは慌てた様子で謝ってきた。

「こ、こんなときにごめんな?その、責めてるわけじゃねえんだ。そりゃおれの方が年上だから遠慮しちまうだろうけど、付き合ってるんだしそういうとこでは対等でいたいっつーか…」

私を不安にさせないためかサッチさんは真っ直ぐに私を見てくれる。
時々説明に困って言葉を探すような仕草をするけど、それだけ私に本心を見せてくれているような気がして嬉しくて。

「言いたいことも言えねえような関係にはしたくねえし…おれはフィルちゃんにとってもっと近い存在でいたい。…フィルちゃんは嫌?」

サッチさんは穏やかに目を細めて私の手をそっと握ってくれる。
私だってサッチさんには言いたいことを我慢してほしくないし、何でも話してほしいなと思う。
それに、私もサッチさんにとって今よりももっと大きな存在になりたいから。
ふるりと首を横に振ればサッチさんは「そっか」と呟くだけだったけど、その表情はすごく優しかった。

「…サッチさん、」
「ん?」
「もう少しだけ…いてもらえませんか?」

サッチさんがどう返してくれたかは、私だけの秘密。
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