午後の三時すぎ。
待ち合わせに指定された店に入ると、奥の席に座って何か飲んでいたひとりの女性がおれに気づいて合図を送ってきた。
そこへ近づきおれは女性の向かいに座る。

「ごめんなさいね、急に日を変えてしまって。」
「いや、大丈夫ですよ。」

軽く笑って返事をして、近くにいた店員にコーヒーを注文。
そのあと女性に向き直ったおれは早速用件へ入ることにした。

「じゃあ早速なんですが…あれから変わったことはありましたか?」
「いいえ、何も。本当に助かりました。」
「いえ、おれは頼まれたことをやっただけなんで。」

この女性は依頼人。
依頼内容を無事に処理したおれは依頼人のその後の様子を見るのも兼ねて今回の件の最終報告をしに来たのだった。

「本当よ、あなたにはすごく感謝してます。ありがとう。」
「…そう言っていただけて何よりです。」

きれいに笑う姿を見ておれも静かに胸を撫で下ろす。
依頼人に満足してもらったようで何よりなんだが…仕事は仕事。
ちゃんと報告書は見てもらわねえとな。

「これが今回の報告書になります。目を通してもらってかまいませんか?」
「ええ、わかりました。」

茶封筒から書類を取りだし女性に渡した。
結構適当に流し読みする依頼人もいる中、今回の人は丁寧に読んでくれるタイプの人らしい。
少し手持ち無沙汰になったおれは運ばれてきたコーヒーを口にしつつ依頼人の女性を眺める。
丁寧に書類に目を通しながら、おれが来る前に注文したのであろうホットケーキを食べる女性。
特に気にすることなんてないのに。
変なところなんて何もないのに。

(何か…違、う?)

でも…何が違うんだ?
おかしいところなんてないのに、おれは何に引っかかってんだ?
うまく言えねえけど…期待外れっていうか拍子抜けみたいな感じがする。
いや、この女性が悪いってわけじゃねえんだけど…でも、何か…

「どうかされました?」
「!す、すいません。ちょっと考え事してて。」

顔をあげた女性とばっちり目があって、そこで自分が想像以上に考えにふけっていたことに気がつき慌てて謝った。
すると女性はくすくす笑いだして。

「ふふ、もしかして…恋のお悩み?」
「いっ!?」

な、何でそうなるんだ?
予想外のことを言われ素で驚いてしまった。
…つーか最近こういう系の話が多い気がする。
マルコにしてもこの前のハルタやイゾウ、それにこの女性にしても…おれはそんなに恋多き乙女みてえな顔してるってことか?
…まず絶対ありえねえし、自分で言ってて気持ち悪い。

「あらあら、当たっちゃったかしら。」
「ち、違いますって。勘弁してくださいよ。」
「ごめんなさいね。でもそう見えてしまって。」

う…嘘だろ?
おれはただ単にこの女性がホットケーキを食べる姿を見て、自分でもまだわかんねえんだけど何か違和感があったからそれについて考えてただけだってのに。
おれが内心ショックを受けていることを知ってか知らずか、依頼人の女性はまたくすくすと笑っている。

「はい、これで大丈夫です。…今回のこと、本当にありがとうございました。」

書類はもう読み終わっていたらしく、きちんと揃えて返してくれた。
依頼人から改めて真面目に再度お礼を言われ、あまりに丁寧な態度におれはこちらこそと笑い返す。
そのあとはしばらく他愛ない話をして結局依頼人と別れたのは午後の五時を過ぎていた。
おれは報告書を提出するため車で会社へと向かう。

「…そういや明日だったなあ。」

ふと明日の約束を思い出した。
明日はマルコの家におれとエース、それにマルコのお気に入りのあの子が集まる日。
確か迎えは四時だったな。
どうせ料理つくんのはおれだろうし…あー、何にしようか。

「…あの子、好きな料理とかあんのかな。」

頭の中に浮かんだのはすっげえ幸せそうにケーキを食べていたあの子の姿。
うん、本当あの子はうまそうに食べる。
そういや…あの子にはあのマフィンを渡したっきりで、ちゃんとしたものはまだ食べてもらってねえよな。

「…何かつくってくか。」

おれがつくるんだ、絶対うまそうな顔するだろ。
このとき、ほんの少しだけ気分が高揚したことには気づかないふりをした。
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