「あ、あの、今日はこんなのですけどいつもはもうちょっと片付いてて、」
「わかったわかった。」
「ごめんなさい、コーヒー置いてなくてお茶とかでも」
「そんなのいいから。ほら、布団入る。」

私の家にサッチさんがいる。
いろんなことに気をつかいたいのに頭は上手く回らないし体は思うように動かなくて…あたふたとしていればサッチさんが少しだけ強く言い聞かせるような口調で、でもそっと優しく私の背中を押してきた。
言い残したこともやり残したこともたくさんあったけどタイミング悪く咳き込んでしまいサッチさんが尚更心配そうな顔をしたので、おとなしくベッドへと向かいわずかに冷えてしまった布団へと潜る。

「…サッチさん、」
「ん?」

呼ぶと、上着を脱いで荷物を置いていたサッチさんが振り向いてくれた。
いつもの優しくて…私に安心を与えてくれる表情。
サッチさんはすぐに近寄ってきてくれてそれが嬉しいやら申し訳ないやら、それに体がぞくりと冷えて布団を少しだけ引き上げる。

「ごめんなさい、今日…」
「もういいって。…これからもさ、もしそういうことがあったら遠慮しねえで言ってほしい。」
「…はい。」
「約束な?で、それはそうと…」

そこからはじっと私を見るだけで。
つられて私も見返すとサッチさんはなぜか困ったように笑う。

「サッチさん?」
「まだ気づかねえ?」
「え?」
「ソファーに置いてるっつってた気がするんだけど…おれの記憶違いかな?」

はっとして逆斜め上を見ればいつもと変わらず、けど本来ならそこにあってはいけないものが置いてあった。
ベポのこと完全に忘れてた…!!
恐る恐るサッチさんの方に顔を向けるとその人は予想通り愉しそうに笑っていて、でもしっかりと私に視線を送ってくる。

「こ、これは、その、」
「その?」
「その、きょうだけ、」
「へえ?つまり今日はおれにいてほしかったと?」

意地悪く片方の口角をつり上げられ、これ以上言い訳も何も出来なくて。
意味のない言葉を発していると大きな手が伸びてきた。

「ホンモノが来ましたよー。」
「は、はい…」
「くくっ。」

まるで子どもをあやすようなそれにどうしていいかわからず目を伏せる。
絶対にばれちゃいけなかったのに…ああもう、恥ずかしいところ見られちゃったし…。

「具合は?」
「…咳と、熱が少し。」
「何か食べた?薬は?」
「いえ、帰ってからはずっと寝てて…」
「ふむ。…キッチン借りていい?」

まさか。
こんな状況じゃなくても、その場所を借りたいと言われれば何をするかなんて今の私でも予想に難くない。

「薬飲むなら少しくらい腹入れとかねえとな。」

まあつくるつもりで買ってきたんだけど。
そう言いながらサッチさんはぱちりと片目をつむるのだった。

ーー


ドアを挟んだ向こうの部屋から聞こえるリズムのいい音。
その他にも水を出す音だったり食器が擦れる音がして…でもその音を出しているのは私じゃなくて、まさかのサッチさんで。
熱のせいで都合の良い夢でも見ているんじゃないかと思うけど、そんな考えを打ち消すようにサッチさんがドアを開けて近づいてきた。

「寒くねえ?」

ベッド脇に屈んだサッチさんと距離や目線の高さが普段よりもずっと近くなった。
それでも私が顔をそらさずにいられるのは熱が上がったからだろうか。

「…だいじょうぶです。」
「そっか。」

声はいつもより優しくて、落ち着いていて。
見守るように穏やかな表情のサッチさんがそっと髪を撫でてくれる。

「すぐできるからな。」

気がつけば包まれている、この言い様のない安心感。
それはきっとサッチさんだからだと思った。
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