「……ん、」

頭が重くてぐらぐらする。
眠っていたからか体が異様に熱っぽい。
浮かされたような感覚にゆっくりとまばたきをしたあと、時間を確認しようと手探りで携帯を探した。

(…あった。ええと…)

電源をいれて真っ先に私の意識を引いたのは三件の着信表示。
五時半ごろと六時過ぎ、そしてついさっきかかってきたらしい七時前の着信は全部サッチさんからだった。
慌てて体を起こせばその反動でふらりと倒れそうになる程度には弱ってしまっているみたいで。
ぞくぞくと冷える感覚に布団を引き寄せながら電話をかけると、その呼び出し音はすぐに途切れる。

「フィルちゃん?大丈夫?」
「は、はい。あの、電話すみませんでした。それに…急に断ってごめんなさい、」
「んなのいいって。大丈夫だから、な?それより、あー…部屋番号教えてくれる?今その、マンション着いたっつーか…」

サッチさんが…来てる?
まさかの返答に驚いてしまったことと熱のせいで頭が上手く回らないこと、その両方が私を襲ってまともな返事ができない。

「えと、ほんとに」
「いいから早く。」
「…604号室、です、一番奥の…」
「わかった。すぐ行く。」

そこで電話はプツリと切れて。
風邪もそうだけど…別の要因もあって急に動悸が激しくなってくる。
サッチさんが…来るの?今から??
ど、どうしよう、私本当に今起きたばっかりなんだけど…!
そうこうしているうちにインターホンが鳴り、とうとう時間がないことを突きつけられた。
わけがわからないまま、心の準備も何も出来ていないまま布団から抜け出して受話器を取る。

「は、はい、」
「おれだよ。開けてくれる?」
「わかりました、」

…え?わ、わかったって言っちゃったよ!?
どうしよう!?サッチさん本当に家まで来ちゃったんだけど!?
え、えっと…とにかくマスク!伝染さないようにしなきゃ…!

「急にごめんな。けど心配でさ…。」

ドアを開けてまた驚いた。
そこに立っていたサッチさんは困り果てたような顔をしていて、いつものあの明るさからは離れすぎていたからだ。
それから一瞬遅れて外の冷気を感じ、全身が寒さに震える。

「熱は…っとごめん、寒いよな。その…上がっても大丈夫?」
「えっ」

あ…上がる?
サッチさんが?私の家に上がる??
ま、待って、私帰ってきて鞄とかそのままだし洗濯物もかごに入れたままだし、机の上とか片付けなきゃだし、とにかく私に落ち着いて考える時間を…!

「え、えと、片付けますからちょっとだけ時間」
「どうしてもやらなきゃだめ?」

その表情や声色とは逆に、サッチさんは中に入ってくるとドアを閉めて鍵まで掛ける。
まるで我が子を想う母親のように優しく、なのにぐいぐいと詰め寄ってくるサッチさんに元々低くなっていた私の思考力は完全に奪われてしまった。
それしかできない人形のように首を横に振ると、サッチさんは私の目の前でやっと表情を崩す。

「ありがと。お邪魔します。」
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