「どーだジョズ、最高じゃね?」
控えめに言っても今日のおれは最高だ。
体調も良いし頭も冴え渡ってるし感覚も研ぎ澄まされてるし、そして何より気分が良い。
見てみろこのデコレーション…ああ、完璧すぎて自分の才能が怖いくらいだっての。
「ああ、確かにな。」
「やっぱおれって天才だわー。」
「ずいぶんと機嫌が良さそうだな、何かあったのか?」
そんなことを訊かれちゃつい笑みが出てしまう。
今日おれの調子が良いのも機嫌が良いのもみーんな、そう。
「これからあるんだよ。」
「…そういう日か。ちょうど時間だし上がっていいぞ。」
「サンキュ。お先ー。」
服を着替え足取り軽やかに通路を歩く。
あと一時間後には会っていることを考えると自然と鼻唄が混じってしまうというもの。
「お疲れ様です。」
「先に失礼しまーす。」
「おう、お疲れさん。」
いつもなら携帯はズボンのポケットに突っ込んでいるが今日だけはデスクの引き出しに入れてきた。
今日手元になんかあったら邪念が生まれて仕事にならねえ。
多分何かしら連絡来てると思うんだけど…さてどうだろうな?
がちゃ。
「ようハルタ、お疲れさん。」
「お疲…あ、サッチ聞いてよ。あのね、」
「はいはい、悪いがおれは速攻で帰らなきゃならねえんだよ。明日聞いてやるからなー。」
「いや、だから今」
「おーそうか、わかったわかった。ちょーわかった。」
「むぐっ」
近くにあったクッションを押し付けその隙にデスク前へ。
……お、やっぱフィルちゃんからメール来てんじゃん。
そうだなー…「授業終わりました」とかか?それか「今から向かいます」かもしれねえな。
まあ「お仕事お疲れ様です」は絶対入って…
『お仕事お疲れ様です。今日の約束なんですが体調が悪くて行けそうにありません。せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。また元気になったら連れていってもらえませんか?』
……んんん?
そ…そうか、そりゃ仕方ねえよな?体調悪いんだもんな?うん。
風邪とかか?そういや最近はメールばっかだったからな…声聞いてりゃあ気づいてあげられてたかもしれねえ。
そうだ電話。
とりあえず具合も聞きてえし電話でんわ…
「…るからって…ちょっとサッチ、聞いてる?」
…おい何でだ、何で出ねえんだ。
えーと?メールの受信時間は…三時半すぎ。
となると普通に考えりゃフィルちゃんはもう家に帰ってるはずだ。
それで出ねえってことは…寝てる?いや、それならいいけどよ…あのフィルちゃんが直前になって断ってくるくらいだぞ?もしかしたら具合がかなり酷くてぶっ倒れたなんてこと…
「だーかーらー、少し前に…もがっ!」
…いやいやいや、ちょっと待て、ストップ、そうだサッチ冷静になれ。
つまりフィルちゃんは体調が悪い。
現在進行形で。
そしてなぜか電話に出られない状態……
「……」
「サッチってば!さっきのって」
「急用だ。そんじゃな。」
「あ!こら!」
足早に部屋を出て三つ上の階を目指す。
エレベーターを待つその時間がもどかしくて階段を駆け上がり奥の部屋へと向かった。
中に入ると、モニターだらけの空間で手元のパソコンをさわっていたそいつがくるりと椅子を回転させる。
「お疲れさん。どうした?」
「、いや…」
正直こいつの手だけは借りたくなかったし、この方法も気が進むものではない。
けどとにかく今は時間がねえ。
「何だ、言いたいことがあるならさっさと言えよ。」
「まだあるんだろ、…データ。」
「データ?どの。」
「…言わせんじゃねえよ。」
それに言ったら負けな気がする。
それでも幸か不幸かそいつはああ、と呑気な声を出した後くつくつと腹を抱えてみせた。
「おれは消したって言わなかったか?」
「それがハルタなら信じたさ、あいつは良くも悪くもガキだからな。けどお前はそういうやつだ。」
おそらくハルタは消去したものだと思ってるんだろうが、こいつを昔から見てきたおれからすりゃこいつはそんな真面目なやつじゃねえ。
自分が使えると判断したものはとことん手元に置き、いざというときにそのカードを切ってくるような野郎だ。
まあこいつの担当柄そうなっちまったってのはあるし、それで会社もおれも助けられることがあるからそう悪くは言えねえんだが。
「悪かった。…で?何が要るんだ?」
「…マンションの部屋番号。」
「嬢ちゃんも可哀想だな。初めての恋人がストーカー紛いの犯罪者なんて…」
「ブッ飛ばすぞテメエ!」
ただでさえフィルちゃんに罪悪感感じてんのにこう…変な風に取られるから嫌だったんだ!
しかもこいつ絶対弱み握ったとか思ってんだぜ!?本ッ当根性腐ってやがる!
「勘違いすんな!いいか!これは仕方なしにだ!おれだってこんなことしたく」
「604。…ほらよ。」
同時に投げられたのはUSBメモリがひとつ。
おそらくあの時調べた全てがこの中に入っているのだろう。
目の前に座るそいつをちらりと見れば「好きにしろ」の一言だけ。
一呼吸置いてから指先に力を入れると、乾いた音と共に中のデータは読み取り不可能になった。
「…じゃあな。」
「お疲れさん。」