「フィルちゃん大丈夫?痛くねえ?」
「ほ、本当に何ともないです、軽く押されただけだったので…」
「そう?あンの野郎…おれの目の前でフィルちゃんを雑に扱いやがって…」

サッチさんは私に心配そうな顔を向けたあと、マルコさんの行き先に対して睨むように視線を送った。
背中を押すなんてマルコさんにしては珍しいことをされたなあとは思ったけど…あの行為があったからこそ話が中断したとも言える。
マルコさん…もしかしてわざとああしてくれたのかなあ?私の考えすぎ?

「…いやいや、あいつのことは忘れよう。せっかくのデートだしな…」

そうひとりごちて、サッチさんは気持ちを切り替えるように頭をぶんぶんと横に振る。
それから「よし」と一声つくと、私の手をきゅっと握った。
あまりにも突然だったので、心の準備も何も出来ていなかった私の体はびくりと固くなる。

「サ、サッチさん…!?」
「…今日はやめとく?」

そう言うサッチさんが少しさみしそうに見えたので、私は心底焦ってしまった。
私から手をつなぎたいって言っておいて、更には今回もサッチさんから来てくれたのに、当の私がこんな反応をするなんて一番やっちゃいけないことだ。
本当は私もつなぎたくて、嫌だなんてこれっぽっちも思ってなくて、ただただ緊張が表に出てきてしまっただけで。
このままだとサッチさんが手を放してしまいそうな気がして、咄嗟にサッチさんの手をきゅっと握り返して意思表示をした。
するとたちまち嬉しそうな顔になったサッチさんは、上機嫌な様子で私を見てくる。

「ど、どうかしましたか、」
「何か良くねえ?デートって感じがして。」

そんなに嬉しそうな顔して言わないでください…!
とは言え、私だって今ものすごく幸せで、嬉しくて。
サッチさんがもっと近くなった気がするし、ちゃんとサッチさんの彼女として隣にいるんだって思うことが出来るから。
サッチさんの手は少しごつごつとしているけどあったかくて、緊張はするのにそれ以上の安心感があるというか…ただ手をつないでいるだけで幸せな気持ちでいっぱいになるから不思議だ。

「…サッチさん、」
「何?」
「今日…ス、スーツ、なんですね。」
「ああ。そうなの、今日他の会社のお偉いさんと会っててさあ。」
「髪も、いつもと違うから、」
「そうなんだよ、『あれは受けが悪いから』って…おかしいと思わねえ?マルコのあれが認められて何でおれのは…、ああイカン、忘れろ忘れろ。」

サッチさんはやってしまったとばかりに頭をぶんぶんと振る。
そんな姿でさえいつもとはまたひと味違った格好よさを感じてしまい、恥ずかしさから私は視線を外した。
私服のサッチさんももちろんだけど、スーツ姿は何というか…卑怯だと思う。
だってそこに立っているだけで格好よく見えるし、普段の印象もがらりと変えてしまうし、でもそれにしたって似合いすぎだし…うん、やっぱり卑怯だ。
手を軽く引っ張られたので顔を向けると、サッチさんは私のことをじいっと見ている。

「で、どう?」
「え?」
「だから、ほら。」
「な、何を…」
「かっこいいですとか、似合ってますとか、大好きですとか。」

さ、最後のは何か違う気がするけど…でも前のふたつは私が考えていたことそのまま。
見抜かれていたと思うとたちまち恥ずかしくなって顔を伏せるけど、サッチさんは返答を急かすように私の手を握る。
私だってサッチさんに服装や髪型とか…自分のことを褒められるとすごく嬉しいし、実はサッチさんも同じなのかもしれない。

「えっと…」
「何、もっと男磨いてから言えって?」

からかうように言われ、私は首を横に振って必死に否定した。
だって私にとってサッチさんはもう十分すぎるほど格好いいのだ。
それに、好きな人が着る服ならどんな格好だって似合って見えるし、もっと魅力を感じるに決まってる。

「か…かっこいい、です、」
「それから?」
「すごく似合ってます、」
「あとは?」
「……」
「フィルちゃーん?」
「…もっとすきになりました、」

…ちょ、ちょっと大胆だったよね!?
これでサッチさんが何か言ってくれればまだましだったかもしれないけど、今回に限って黙っているせいで恥ずかしさは倍増だ。
けどサッチさんのことだから、ただ黙っているだけでにやにやしながら私を見てるんだと思ってたんだけど…。

「今のはずるい…」

サッチさんはそう呟いたきり、しばらくの間こっちを向いてくれなかった。
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