「でかいヤマも一段落ついたしみんなお疲れさん。今日は存分にやってくれ。けどこれで気を抜いていいってわけじゃねえぞ?細かい処理は終わってねえし…そうでなくてもたくさんの依頼人が待ってる。大口だけを大事にするのはおれたちのやり方じゃ」
「サッチ長い。エース、」
「みんなお疲れ!今日はたくさん食って明日からまたがんばろうぜ!じゃあ乾杯!!」
「かんぱーい!!」
「くらァ!!」

毎年恒例、うちと仲の良い焼肉屋を貸しきっての慰労会。
この会のために繁忙期を乗り越えるやつも多くてほぼ全員が揃うし、みんな疲れが溜まっているのかテンションも一周回って異様に高い。

「あーうまいッ!」
「塩タンと上カルビが五、塩ミノとホルモンが四。あと生を五つ追加で。」
「ライスの大と中も三つずつ。焼きうどんもふたつお願いしまーす。」
「あとでこっちも注文いいっすか!」

ここの店主曰く、毎年この日は戦争らしい。
スタッフ総出で迎えるそうだが…この光景を眺めているとそれくらいしなきゃ追い付かないんだろうというのはおれにでもわかる。

「しっかし…よく食うよなあ。」
「同感だよい。」

おれとマルコの前にはハルタとエースがいて、その箸はペースを落とすことなく動き続けている。
おれもちょっと前まではこいつらくらいいけたんだけどな…今は量も入らねえし脂が腹にきてだめだ。
…やっぱ歳か?

「お前らな、肉入れるのはいいけど面倒も見ろ。ほら皿出せ。」
「若者はエネルギー摂取に忙しいんですー。」
「サンキュ。ついでにそっちのも入れてくれよ。」
「もう少し焼いた方がうまいから待て。」

何だかんだ言いつつも結局面倒みちまうんだよなあ。
良い肉だし、自分が食えねえわけでもねえし、うまそうに食ってるの見るとまあいいかとも思うし…普段つくる側ということもあってこっちの役の方が落ち着くのも事実。
おれも何か頼むかなあ。
肉はもうすぐ大量に来るから…うん、酒と米がいい。

「何か頼むか?」
「、ああ。」
「おれも頼むから決まったら呼んでくれ。」

マルコにメニュー表を渡し、いつの間にか空いていたスペースを肉で埋めていく。
今度は野菜も入れてやろうと腕を伸ばしかけたところでズボンのポケットに入れていた携帯がぶるりと震えて。
多分そうじゃねえかなと期待も入り交じりつつ見てみれば、メールは予想通りの相手から。

『お疲れ様です。焼き肉いいなあ。返信はいらないのでいっぱい楽しんできてくださいね。』

絵文字も何もないが、フィルちゃんがどんな顔で言っているのか想像するのは容易い。
そういえば焼き肉はまだ連れていったことなかったよな。
フィルちゃんは焼き肉っつっても嫌そうにするタイプには見えねえし、あんまり静かすぎる店だと落ち着かねえみたいだから…一度連れて行ってみるのもありかもしれない。
店はここでもいいけどなあ…おれが顔知られ過ぎてるからまだ避けてる方がいいのか?
ふむ、と考えを巡らせながら携帯を仕舞ったところで隣からの視線に気がついた。

「あ、ああ。決まったか?」
「顔に出てるよい。」

いつもと何ら変わらない顔でそう告げられて。
ぱちりと瞬きひとつに声が出ないおれを一別したマルコが店員を呼ぶ。

「この酒を熱燗で。あと鶏雑炊ひとつ。お前は?」
「…同じやつ、両方、」
「…さっきのをふたつずつ頼むよい。」

店員が下がってようやく頭が回りだす。
おれは一ミリたりとも顔に出した覚えはねえんだが…となると無意識?いや待て、そんなはずはねえ。

「嘘つけ。」
「ついて何になるんだよい。」
「…じゃあ見んな。」
「無茶苦茶言うなよい。」

うんざりしたようにため息をつきながら体勢を崩したマルコの内ポケットから一瞬だけ煙草が見える。
マルコがまた吸い始めたのは知っていたし、周りが色々と指摘していたからおれからは何も言いはしなかった。
いや、本当は聞いてはいけない気がしていて今もそれが続いているだけだ。
マルコが吸い始めた時期はあの日から二、三週間経ってからだったと思う。
理由なんておれにはひとつしか思い浮かばなくて。
けどマルコはあの時に大事な友だちだと言っていたし、あのあと店に行った際に隠れて問いただしたが同じ言葉を繰り返すだけだった。
そう。
こいつがまた吸い始めたのは何でもないただの気まぐれだとかまた欲しくなったとかそんな理由で、つまりはおれが考えすぎているだけ。
こいつは嘘をつくようなやつじゃねえ、だから、

「おれは、お前がおれに本当は何て答えてほしいのか知ってる。」

それは突然だった。
別に名前を呼ばれたわけでもなかったがそれは確かにおれに向けられた言葉。
まるでおれの奥底を見透かしたように淡々とした口調で。

「…マル」
「あー!!」

並々ならない声に遮られ反射的に振り向く。
慌てているふたりを視界に入れたところでやっと気づくにおい。

「焦げてる!サッチちゃんと面倒見てよ!」
「やべえ!早く引き上げろ!」

騒ぎに混じって盗み見たそいつの横顔。
気のせいか心臓がどくりと強く鳴ったように感じた。
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