「せっかくだからちょーっとお話して帰ろうか。」

帰りの車内、ふたりきりの空間が気まずくて仕方がなくてそわそわとしていたところに待っていたサッチさんの笑顔。
当然ながら拒否なんて出来るわけもなく言われるままにマンション近くの公園に入った。
あの時と違うベンチに座ろうと誘導するはずが逆に背を押されて…あっという間にサッチさんの言いなりだ。

「今日はフィルちゃん静かだな。」
「そ、そんなことないと思います、けど…」
「前のデートは結構喋ってなかった?」
「!えっと、その、」
「くくっ。」

確かにサッチさんが来てからの私はいつもよりもずっとずっと口数が少ないと思う。
け、けど…その原因をつくったのはサッチさんだ。
なのにサッチさんはあのことに触れようとはしないしそんな素振りもなくてメールでも電話でも、そして今日だって普段と何一つ変わらない。
まるであの時のことはなかったことにされているみたいで…でも私から言い出せるはずもなく何だかもやもやする。

「あ、そういえば忘れてたな。」
「え?」

何を。
そう訊ねようとした時には左手をとられていて。
サッチさんの大きな手は容易く私のそれをおおってしまう。

「手つなぐんだろ?次会うとき。」

驚いて声をあげる間もなくそのまま抱きしめられた。
感じることが少ないサッチさんのにおいにひどく動揺してぴたりと固まってしまう。
もちろんつないだ手はそのまま。

「あああの、さっち、さ」
「んー?」

サッチさんの声が近すぎて心臓が壊れてしまいそうだ。
まともに喋れなくなった私をよそにサッチさんは楽しそうな声を返すだけで気にしてくれる様子もない。

「会うの楽しみにしててくれたんだろ?」
「!さっちさん、もう」
「今日は逃がさねえ。」

そう言うと手と腕の両方に力を入れられてしまって…もう無いと言ってもいいほどの距離、それにサッチさんの髪が首に擦れるしさらには息まで聞こえてしまう。
パニック状態もいいところで、目をぎゅっとつむって必死に耐えているとサッチさんはくつくつと笑いながら私を解放してくれた。
自由になったのにまだ心臓がどくどくとうるさい。

「なあフィルちゃん」
「は、はい!」
「おれに訊きたいことない?」

にやりと目を細めて。
私をからかうときの顔そのままのサッチさんにまた体が固まった。
サッチさんの言う通り訊きたいことはひとつあるし、サッチさんの様子からしてきっとあのことを指しているんだとは思う。
で、でも私から口に出すのはハードルが高すぎて…サッチさんは時々いじわるだ。

「……ない、です。」
「本当に?」
「ほ、ほんと…です。」
「…じゃあおれからひとついい?何で今日おれの顔見てくんねえの?」

やっぱり、やっぱりサッチさんは確信犯。
返答に困った私をくつくつと可笑しそうに笑う。

「…だ、だってサッチさん、前…」
「やっぱびっくりしたよな、急だったし。」

声を出すのも恥ずかしくてうなずくのがやっとだ。
つなぎ直されたサッチさんの手は大きくてあったかくて、男の人らしいしっかりとした手で…どきどきするのに何だかすごくほっとしてしまうから不思議だなあと思う。

「まあ、その…いきなりしてごめんな?…嫌だった?」

嫌…というより、その、あまりにも急すぎてびっくりしたというか恥ずかしすぎて全部飛んでしまったというか。
思い出して顔に熱が集まるのを感じながらも一度だけ首を横に振る。

「じゃあ今してもいい?」
「!だ、だめです、それはだめ」

慌てて距離をとろうとすればつないでいた手をぐっと引っ張られて阻止された。
サッチさんは苦笑しながら「冗談だ」と言うけど…半分くらいは本気だったんじゃないかとつい疑ってしまう。

「フィルちゃんはおれが初めての彼氏だろ?だからゆっくり段階踏んでいく予定だったんだよ、本当は。」
「は、はい、」
「…けどな、」

けど?
サッチさんは頬をかく仕草をして躊躇う姿を見せたあと、長めの息を吐いて。

「…おれ、フィルちゃんからああいうこと言われると弱ェみたい。」

だから我慢できなかった。
そう言いながらふいと逆方向を向いてしまった。
それきり一向にこっちを見ない様子にもしかしたら今のサッチさんはすごく珍しい状態なんじゃないかなと好奇心がわいてしまう。

「あの…」
「だめ。今は見せられねえ。」

身を乗り出そうとすれば今度はぎゅっと抱え込まれて。
結局私が慌てるはめになり、サッチさんの顔を見ることは叶わなかった。
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