「はあ!?お前が行くんじゃねえのか?」
「さっき言った通りだよい。サッチ、お前が行け。」
「いや、意味わかんねえし!お前あの子のこと好いてんだろ!?」
「好いてるとは言ってねえ。じゃあ任せたよい。」

き、切りやがった…!
今度会ったらあのふざけた頭、全部きれいに刈り取ってやる!
…でも何でだ?
確かに明言はしてねえけどマルコはあの子のこと気になってんだろ?
自分で迎えに行って、もう手っ取り早くオトしちまえばいいのに。
一回(厳密には二回)しか話してねえけどあの子はそういった経験なさそうだし…あいつがちょっと本気出せばあの子なんか余裕だろう。
マルコもそのことは分かってると思うんだけどなあ…。
おれにあの子の気持ちでも下調べしてこいってか?
…、いや。
あのパイナップルのことだ、まだ気まずいだろうあの子と「楽しく」お喋りしてこいってのもありうる。
あの野郎、また嫌がらせかよ…!

ーー


(…本当、わけわかんねえ。)
「ねえサッチ。聞いてる?」

昨日の出来事を思い出していたおれに、机を挟んで向かい側にいる仕事仲間から注意の声がかかる。

「、悪い。ちょっと考え事してた。」
「もー。…この件どこまで進んだ?」

少しむくれた顔で一枚の書類を示してきたのはハルタ。
見た目はガキだが頭の回転が早く、恐ろしいほどに口が悪い。

「んー、もう終わる。あとは依頼人と話するだけだし。」
「…早いね。」
「まあ何と言ってもこのおれだし?」
「…手ェ抜いたんじゃねえだろうな。」

ハルタの隣に座って別の書類を見ていたのはイゾウ。
こいつはやたらと妖艶な雰囲気をまとっていて、そこら辺の女よりも整った顔立ちをしている…男。

「残念、ちゃんとやりましたー。」

べー、と舌を出して対抗するとイゾウはあからさまにつまらなさそうな顔で舌打ちしてきた。
こら!おれに気をつかえ!

「お前がぼーっとしてやがるからだ。集中しやがれ。」
「いてっ、…わかってるって。」

心の中で悪態をついていたおれを見透かすように書類の束でおれの頭を叩いてきた。
ぼーっとしてたのはおれが悪いんだけど…そういやまだ教えてなかったよなあ。

「…あのさあ、聞いてほしいことがあんのよ。」
「何だよ。」
「どーしたの、サッチ。」

少し違う雰囲気を感じ取ったのか、真面目に話を聞こうと顔をあげてくれた。

「マルコにさあ、好きな女が出来」
「嘘だな。」
「うん、嘘だね。」
「否定すんの早っ!?まだ言い終わってねえよ!」

最後まで聞こうとしろよ!
こいつらときたらもう興味ありませんみたいな態度で手に持っていた書類に再び目を通し始めやがった。

「あのマルコだろ?ありえねえな。」
「うん、ありえないね。」

うんうん、とお互い頷きあうふたり。
まあおれも話を聞かされる側だったらこいつらと同じ反応をしてると思う。
そのくらいマルコは女を滅多につくらねえって認識だったし。
けど、今回は違うんだって。

「いや、おれもそう思ったんだけどよ…。見てる感じあいつ本気っぽくてさあ。」
「マルコが言ったの?」
「いや、訊いたらはぐらかされた。けど満更じゃねえ感じだったんだよな。」
「どんな女なんだ?…少しでもあいつをその気にさせるんだ、相当な女なんだろ?」

さっきまではどうでもいいって感じで話を聞いていたイゾウが少し興味を示してきた。
どうせ相当いい女だとこいつは考えてるんだろうけど…。

「…フツーの女の子。」
「普通?」
「そ、普通。スタイルいいってわけじゃねえし顔が特別いいわけでもねえし…甘いモンが好きな十九歳の大学生。」

うん、普通。
それしか言いようがねえ。
ちょっと失礼な言い方するけど…あの子のどこに惹かれる要素があるのかおれが聞きたいくらいだ。

「…サッチ、お前会ったことあるのか?」
「んー、まあ。話すと長いんだけどな…」

このあと、今までのことを一通り話した。
おれが電車で偶然その子と隣になったときのこと。
そのあと何週間か後に、マルコも偶然その子と出会って知り合いになったこと。
さらにそのあと、(半分騙された気がしなくもないが)三人で会ったこと。
マルコがまだその子と連絡を取り合っていて、今度エースを含めて四人で会うってこと。
で、当日その子を迎えに行くのは何でかわかんねえけどおれってことを話したら。

「…その子かわいそう。サッチ、どうしてそんなにバカなの?」
「ハルタ、責めてやるな。こればっかりは最先端の医療でも治しようがねえんだ。」
「あ、そうだったね。」
「こら!?もっと他に言うことあるだろ!?」

こいつらふたりが揃うとある意味最強、相乗効果で口の悪さがさらにひどいことになる。

「…まあマルコにしては珍しいと思うしその子に気がある感じもするけど…でもやっぱりサッチの思い過ごしじゃない?」
「そう言われりゃそうなんだけどよ…でも何か引っかかるんだよなあ。」

何か気になるんだ。
マルコがあんなに相手をするなんて滅多にねえことだし…何て言うかあの子といる時のあいつの雰囲気が優しいっつーか…あー、うまく言えねえ!!

「…じゃあサッチ、その嬢ちゃんの方はどうなんだ?」

うまく言葉で説明できないもどかしさに若干苛立っていたおれは、突然の質問にきょとんとしつつイゾウを見る。
あの子の方はどう、って。

「嬢ちゃんにその気はありそうなのかってきいてんだよ。」

マルコにこれだけ相手されててその気にならないはずがない。
訊かれた瞬間、おれはそれだけしか思わなかった。
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