「「サッチ」」

眠い。
昨日は全くと言っていいほど寝れなかった。
体の倦怠感と思考のまとまりのなさにああくそ、と内心舌打ちをしているとよく知った声ふたつに呼ばれて振り向く。
…何だお前ら、保護者は一緒じゃねえのか?

「あん?」
「「フィルと」」

遊びたい。
揃って告げられた言葉に危うく脳が停止するところだった。
そんなおれには気づかなかったらしいふたりが機嫌良く続ける。

「いつもみたいに飲み会しようよ、マルコの家で。」
「依頼も落ち着いてきたしな!」

…ハルタ、お前の持ってくる話は何でこうもタイミングが悪いんだ。
まあ学園祭のときは結果が結果だけに何も文句はねえけどな、今回はさすがによろしくねえ。
今おれとフィルちゃんはデリケートな時期なんだ、それも最高に。
しかもだ、昨日は反省会に忙しくてまだ何も話できてねえしメールでさえも送れてねえわけだからそんな状態で飲み会なんてモン…いや待てよ?次ふたりで会うよりこいつらがいた方がまだましか?
あの反応だもんな…フィルちゃんも絶対かまえちまってるだろうしここはワンクッション挟むつもりで乗ってみるのもありっちゃありか…。

「いつだよ。」
「金曜かな。あとのふたりもそこ空いてたしフィルも次の日休みでしょ?サッチは?」

言われて予定を確認するとその日の欄は文字で埋まっていて。
九時まで店…ということはマルコの家に着くのはまあ十時前になる。
そうなるとフィルちゃんも帰る時間帯だしな、今回はおれだけ不参加って形でもいいだろう。
そう考えて何だか安心してしまったことには気づかないふりをしてふたりを見る。

「あー悪い、その日九時まで店だわ。」
「じゃあ途中参加だな。」
「!お、おい」
「大丈夫だって、イゾウその日は暇してるし。それに何だったらこっちでフィル迎えに行くから。」

何だか予想していた展開とは逆の方向へ進んでしまって。
決して嫌だというわけじゃねえんだけど…その、まあ会って普段通り振る舞えるかと問われればうなずくのは難しい。

「どうした?」
「いや、どうもしてねえけど…」
「あ、わかった。フィル独占できないから面白くないんでしょ。」

とんでもねえ勘違いをしたハルタがにやにやと流し目を向けてくる。
あのな、おれとフィルちゃんはもう付き合ってるんだ。
おれはそんな小せえ男じゃねえし今心配してんのはそんなことじゃねえんだよ。

「…違うっての。」
「はいはい、じゃあそれでいいからフィルにも予定訊いといてよ。空いてなかったらまた違う日にするから教えてね。」
「お前ら訊かねえのか?それくらいおれは気にしねえぞ。」

それとなく自然に誘導を試みる。
いや、決してフィルちゃんに連絡とるのが嫌ってことじゃねえ。
ただ…あれだ、こいつらもフィルちゃんの友だちなわけだしフィルちゃんにとってもそうだ、たまには声聞いたりやりとりするのも大事だと思うわけよ、うん。
まあここは大人のおれがそういう場を与えようってことだ。
もう一回言うがおれがフィルちゃんに連絡いれづらいからじゃねえぞ。
断じて、断じて違うからな。
おれは優しい男なんだと思い込みつつふたりに問えば、思いもよらない返しをされた。

「そこはほら、度量の広さと余裕ある大人だってことアピールするチャンスでしょ?」

…お、おう、そう考えるのかお前は。
昨日の今日でこの言葉はなかなかにキツいものがある。
返す言葉が思い付かない上に嫌な方向で思い当たる節があるため内心だらだらと冷や汗をかいているおれの前で、エースが感心したように声を出した。

「お。お前サッチのことちゃんと考えてるじゃねえか。」
「ふっふーん。」

得意気な顔をするハルタにもう何も言えなくなって。
ここで変に断りなんかしたら最悪おれのフィルちゃんへの気持ちが疑われかねない。
そうなるとどこでどうなってフィルちゃんに伝わっちまうかわからねえし…そんなことは絶対にごめんだ。

「じゃ、しっかりね。」
「連絡よろしくな!」

連絡いれてねえのきっと気にしてるだろうなあ。
ため息をついたところで店に入る時間が迫っていることに気がついて重い腰を上げた。
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