「はい、到着ー。」

とうとうマンションの駐車場まで戻ってきてしまった。
もちろんお店を出てからここに来るまで何度も話を切り出したけれど、結局全部失敗に終わって。
サッチさんがずっと楽しそうにしていてくれたことがせめてもの救いだと思う。
本当にどうしようかと内心困り果てていたらサッチさんが様子をうかがってきたので慌てて車から降りた。
サッチさんは私を送るとき車から降りて見送ってくれるんだ。
それは付き合う前からずっとなんだけど、今はサッチさんと少しでも長く一緒にいられるから余計に嬉しいなって思う。

「あの、ありがとうございました。」
「いいって。ちょっと遅くなっちまってごめんな、フィルちゃん明日の朝って早い?」
「二限からなので大丈夫です。サッチさんは…」
「おれは昼から店。心配してくれてありがとな。」
「い、いえ。」

先に心配してくれたのはサッチさんなのになあ。
そうは思うけど目の前でくしゃりと表情を崩されると開きかけた口はやっぱり閉じてしまう。

「今日楽しかった。ありがと。」
「わ、私も楽しかったです。」
「ひひっ。…そんじゃ、そろそろ帰るかな。」

か、帰っちゃう…!
すっと視線を外したサッチさんがとうとう帰りの方角を見るので焦ってしまう。
サッチさん待ってください!わ、私まだ言いたいこと言えてないんです!

「じゃ、おやす」
「サッチさん!」

呼び止めた声は少し大きくて。
サッチさんはきょとんとしていたけれど、すぐにいつもみたいに笑ってくれる。

「どうかした?」
「あ、あの、次、」
「次?…ああ、結構落ち着いてきたからさ、もしかしたら次一日空けられるかも。それか早く終われそうな日の夜にご飯だけでもどうかなーって考えてんだけど?」

サッチさんもう次のこと考えてくれてたんだ。
やっぱり嬉しくなるけれど…で、でも私が言いたいのは次の日にちでも次の内容でもない。

「その、そうなんですけど、そうじゃなくて、」
「何それ。聞かせてよ。」

くつくつと可笑しそうに訊ねられて余計に緊張してしまう。
うつ向いたまま何も言わない私をきっとサッチさんは楽しそうに待っているに違いない。
いくら恥ずかしいとはいってもいい加減言わなきゃいけなくて、サッチさんも帰らないといけなくて。
口をぎゅっとひと結びしたあと、今日一番の勇気を振り絞る。

「つ、つぎに会うとき……手、つなぎたいです」

い、言っちゃった…!
しかも言い間違えたし!「つないでもいいですか」って言うつもりだったのに!!
もう心臓はばくばくと鳴っていて、耳まで熱くて湯気が出てるんじゃないかと思うほどだ。

「…フィルちゃ」
「!、その、本当は今日ずっと言おうって思ってたんですけど恥ずかしくて言い出せなくて、あ、いや、サッチさんが嫌な」

瞬間。
頬をとられたと思ったらサッチさんにキスをされて。
ほんの短い間だったけど、私から言葉を奪うのには十分すぎるものだった。
サッチさんは顔を離すとそのまま私を抱きしめてくる。

「わかった。次会うときは手つなごうか。」

頭の中に響いてしまうくらい声が近い。
それに体が熱くてたまらない。
まわされた腕がサッチさんと私をぴたりとくっつけるから自由なのは首から上くらいなんだけど、その中で唯一役に立ちそうな口も当分は使い物になりそうにない。
もう私の許容範囲なんて軽く越えてしまっていて、いきなり落とされたこの状況にただただ固まるばかりだ。

「あとな、フィルちゃんがおれのことどういう風に見てんのか知らねえけどおれってそこまで我慢強い大人じゃねえんだわ。わかってもらえた?」

わからない。
もうさっぱりだ。
頭が全く機能してくれなくて、でもそんな状態でうなずくことが出来たのは何か反応しないとずっとこのままだと無意識ながらに判断したからだと思う。
私の返答を得たサッチさんは私をもう一度だけ寄せて、それからゆっくりと離れた。

「今日はありがとな、おやすみ。」

去り際にそう言ってくれたけれど私は何も返せなくて。
サッチさんの姿が見えなくなってからもしばらくその場で固まっていた。
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