「あの、サッチさん、」
「ん?」

今日のサッチさんは髪を後ろでひとつに束ねていて、それがまたよく似合っているものだからどきどきしてたまらない。
でもサッチさんが髪をくくるなんて珍しいなあと思っていたら、私が前束ねていたからその真似をしたんだそう。
いつもの笑顔でそう言われ、またサッチさんのペースで始まった今回のデート。
流されてしまいそうだけど…で、でも今日はそれじゃだめだ!
そう思って気持ちを入れ換え、声をかけたのが冒頭。
ちなみにこれで五回目だ。

「…あの、」
「うん。」
「……テーマパークとかサッチさん好きですか?」

…ああもう違う!そうじゃない!
違ってないけど…でも違うんです!!
断固たる意思を持って話しかけたはずなのに、いざサッチさんと目が合ってしまうとどうしても言えなくなる。

「ああ、結構好きだぜ?絶叫系とか特に。フィルちゃんは?」
「わ、私も好きです。でも絶叫系は苦手で。友だちは好きだから無理矢理乗せられるんですけど…。」
「そっか。じゃあ今度行く?おれもフィルちゃん連れ回そうかな。」
「!や、やめてください、」
「くくっ。」

サッチさんとそういう所行ったら楽しそうだなあ…じゃなくて!
今日は絶対に言おうと思って頭の中で練習までしてきたんだ。
手をつないでもいいですか。
たったこれだけ、これだけ言えば口下手な私でもきっと伝わるはずなんだ。

「あ、そうだ。フィルちゃん、」

声をかけられはっとする。
今日の私の使命に頭がいっぱいになっていたらしい。

「は、はい。」
「ベポどこ置いてんの?ちゃんと寝るとこに置いてくれた?」

その一言にどきりとした。
ベポは今ベッドの上にいるけど…けど!

「お、置いてません。ソファーにいます。」
「えー?置いてくんねえの?大事にしてくれるっつったじゃん。」
「大事にしてます!だからいいんです!」
「つまんねえのー。」

う、嘘ついちゃった…。
つんと口を尖らせたサッチさんに少し申し訳なくなるけど、でも絶対置かないなんて言った手前恥ずかしくて本当のことは言えそうにない。
でも言わなかったらばれることもないだろうし…こ、これくらいはいいよね。
それよりもう一回だ!今度こそちゃんと言うんだから!
深呼吸して…よし!

「サッチさん、」
「なーに?」
「……テリーヌって何ですか?あ、あの、この前買った雑誌にその料理が出てきてて、その、」
「ん?そうだなー…まあコース料理の前菜とかで出てくんだけど、型に挽肉とかレバーとか…魚肉のすり身だろ?あと野菜、香辛料とか…そういうの混ぜたのを詰めてオーブンで焼いたやつだな。湯せんする場合もあるけど。で、冷まして型から取り出して一センチくらいの厚さにスライスして食べんの。」

すらすらと述べる姿にぼうっと見とれてしまって。
当初の目的も忘れて、博識なサッチさんも格好いいなあと余計なことを考えてしまう。

「ちなみにフランス料理な。で、テリーヌは型のまんま出されたやつに使う呼び方。出してスライスしたやつはテリーヌじゃなくてパテって呼ぶんだ。」
「…そうなんですか。」
「ひひっ、勉強になった?」
「は、はい、ありがとうございます。」

…ああもう!?何回同じことやってるの!?
ど、どうしよう、このあとご飯行くから早く言わないと手つなぐ時間がなくなっちゃう。
せっかくサッチさんが時間つくってくれたんだから私もがんばって言おうって決めたのに…だ、だめだ!時間がないって思ったら余計に焦ってきちゃっ…

「!危ねえ」

ぐんと手を引っ張られて。
びっくりして見るとサッチさんがすごく焦ったような顔をしている。

「信号、赤。」
「えっ」

前を見直したら、サッチさんの言うように信号機は赤を示していて。
そのすぐあとに車が私の目の前を横切っていくのでヒヤッとしてしまった。

「大丈夫?止まらねえからさ、びっくりした。」
「ご、ごめんなさ…」

謝りかけたところではた、と気づく。
わ、わたし、今…サッチさんに手持たれてる。
そこをじっと見てしまっていると、気づいたサッチさんがぱっと手を放して。

「…あー、わ、悪い、ごめん。」
「!いえ、その」
「まあ次から気を付けて、な?」

大丈夫です、嫌じゃないです、サッチさんがいいならこのまま。
言いたい言葉が次々と浮かぶけど、私の口から出たのは。

「…はい。」

私のばかあああ!
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