「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
「ああ。」

何だかよくわからないまま言いくるめられて、現在はマルコさんがたまに行くという喫茶店にやって来た。
店内は落ち着いた雰囲気で確かにマルコさんが好きそうだなあと思う。

「遠慮はいらねえ、好きなもん頼めよい。」
「あ、ありがとうございます…あの、」
「先選べよい。話はその後だ。」
「は、はい。」

そう言ってメニュー表を渡される。
マルコさんは見なくてもいいのか「決まったら呼んでくれ」と言って買ったばかりの携帯をさわり始めた。
設定とかしないといけないもんね。
しばらくして食べたいものが決まりメニュー表から視線を外すと、マルコさんは小難しそうな顔をして携帯を見つめている真っ最中。
…た、助けた方がいいのかなあ。
声をかけようか迷っていたら私からの視線に気づいたマルコさんは持っていた携帯を上着のポケットに押し込んでしまった。

「…マルコさ」
「決まったかよい。」
「……はい。」

…何を言っても返してくれなさそうだ。
無言の命令に従うと、マルコさんは店員さんを呼んで注文を通してくれた。
店員さんが下がってしばらくたったあと、さっきまで考え事をするように遠くを見ていたマルコさんがちらりと私に視線を送ってくる。
きっと「もういい」ということなんだろう。

「あの、口止め料っ てどういう…」
「どういうって…そのままの意味だよい。」

そのままってことは…言うなってことだよね?
でも携帯変えたことを?携帯なんて変えたらすぐわかっちゃうのに…何で?
不思議に思ってぱちぱちと目を瞬かせると、マルコさんが眉間にしわを寄せてため息をつく。

「今日おれと一緒にいたこと、あいつには絶対に話すんじゃねえよい。」
「…あいつって」
「決まってんだろい。お前の彼氏だ。」

瞬間むせてしまった。
だ、だってマルコさんが彼氏とか言うから!…いや、実際そうなんですけどでも改めて言葉にされると恥ずかしいというか…。
急に身近な人物が挙がって慌てていると、ちょうど店員さんが注文したものを持ってきてくれた。
とりあえず落ち着けとばかりにマルコさんが飲めとすすめてくるのでおとなしく従う。
…あ、おいしい!

「あの、理由は…」
「嫉妬されんのはごめんだよい。」

きっぱりとそう言ってマルコさんはコーヒーを手に取った。
な…何で嫉妬?
サッチさんが?マルコさんに?
私がマルコさんと一緒にいたら…つまりやきもち焼くってこと?サッチさんが??

「サッチさんがですか?ぜ、絶対ないですって。私ですよ?私なんかにサッチさんが…」
「前言っただろい、面倒くせえやつだって。」

…私がマルコさんに相談したときだ。
た、確かに臆病で腰抜けでみたいなことは言われた気がするけど…私が嫉妬する側ならまだしもサッチさんが私なんかにそういうことを思うなんてことが想像できない。
でも今のマルコさん本当うんざりしてる感じだし、わざわざ口止めって言ってるくらいだし…

「…本当ですか?」
「…じゃなきゃ言わねえよい、こんなこと。」

そうは言うけど…実際のところまだ本当か疑わしい。
今だ信じられずにいる私を前に、マルコさんはまたコーヒーを口にする。
でも…マルコさんが言うなら本当に?けど。
ケーキを食べることも忘れて頭の中で何度もそれを繰り返していると、マルコさんが視線を送ってきた。

「上手くいってんのかい、あいつとは。」

ぎくりと言葉に詰まる。
上手くいってる…のかなあ。
やりとりは前よりもするようになったし、この前初めて一緒に出掛けて次の約束もしたし悪くはない…と思う。

「…た、たぶんですけど。」
「ずいぶん自信無さそうじゃねえかい。」
「え?いや、その…」

何だか答えにくい。
私は今すごく嬉しくて幸せだ。
けど、サッチさんもそうなんだろうか。
本当はもっと違うデートがしたかったんじゃないかとか、他にやりたいことがあるけど私に合わせて我慢してるとか…そんなことがぐるぐると頭を巡るときがある。
私は学生で、でもサッチさんは私よりもずっと大人で、社会人で。
サッチさんだったら私よりももっときれいな人と出会う機会だってたくさんあるだろうし、もしかしたら他の人からの好意に傾いてしまうことだってあるかもしれない。
本当に…サッチさんは私でいいのだろうか。
何て答えようか迷っていると、突然マルコさんが私の名前を呼んで。

「…あいつの一番はお前だから心配すんなよい。」

ぽつりと。
そう呟いたマルコさんに思わず顔が上がる。

「…ほ、本当に?」
「おれが見てる限りではな。」

…うれしい。
すごく、嬉しい。
もしかしたら私は不安だったのかもしれない。
その一言を誰かに…マルコさんに言ってもらえて、何だかすごく安心して思わず息がこぼれる。
すると。

「…おれの前ではそういう顔しててくれよい。じゃねえと…」

言いかけて、でも続きは聞こえなくて。
マルコさんが言いよどむなんて珍しい。

「…じゃないと?」
「…喧嘩でもしたんじゃねえかって心配になるだろい。それにあいつの対応すんのが面倒くせえ。」

絶対そっちが本音だ…!
少し疲れたような顔をしたマルコさんは私を一別すると、大きな大きなため息をつくのだった。
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