家に入って鞄を置いて、私の定位置であるソファーに到着。
抱えているのは大きなぬいぐるみ。
やっと落ち着いたところで体の底から息を吐き出す。

「緊張したぁ…。」

今日はもうずっと緊張しっぱなしだった。
サッチさんとふたりでお店を見てまわって、ゲームセンターでちょっと遊んで、それから喫茶店でお茶して。
そしてさっきマンションの前で別れるまで、ずっと。
もう喫茶店にいるときなんて本当にひどかった。
サッチさんが真正面にいるし、でも恥ずかしくて目なんて合わせられなくてそらしてたらやっぱりからかわれちゃったし…。
あんなに緊張しながらケーキを食べたのは初めてだ。
お店でのことを思い出してしまったので気持ちを落ち着かせるためにまた大きめの息をはく。
それから視線は腕の中のものへ。

(…サッチさんにもらっちゃった。)

サッチさんすごく上手だったな。
こんなに大きいのをたった二回で取っちゃうんだから。
ぎゅ、と少しだけ力をいれるとどきどきして、つい頬が緩んでしまって。
サッチさんからってだけでこんなに嬉しくて幸せな気持ちになるんだ。

「…そうだ、メールしとこう。」

ちゃんと今日のことお礼言わなきゃ。
サッチさんはきっと今運転中だろうけど…やっぱり先に言いたいもんね。
今日はありがとうございました、楽しかったです…とか?
…うーん、何かあっさりしすぎだしもうちょっと違う方がいいかなあ…

ーー


「…ふう、さっぱりした!」

やっぱりお風呂は気持ちいい。
タオルで髪の水分を拭き取りながら真っ先に携帯を確認。
…よかった、まだみたい。
私がメールを送ってから一時間ほど後にサッチさんから返信があったんだ。
おれの方こそありがとう、楽しかったって言ってもらえた。
それから…夜、電話するって。
嬉しくていつかかってくるかそわそわそわしてしまう。
髪を乾かしたり本を読んだり、ちらりと携帯を気にしながら時間を潰すこと約三十分。
サッチさんから電話がかかってきた。

「もしもし、フィルです。」
「今大丈夫だった?」
「はい。」

…どうしよう、サッチさんの声聞いたら何だか会いたくなってきちゃった。
今日会ったばっかりなのに…わ、私って変なのかなあ。

「あの、今日はありがとうございました。あとベポも…。」
「どーいたしまして。ベポ大事にしてくれよ?」

おれだと思って。
最後に付け足された言葉にかっと顔が熱くなる。
サッチさんはこうやってとんでもないことを平気で言ってくるから本当に心臓に悪い。

「えと、だ、大事にしますけど、その、」
「くくっ。じゃあそいつは枕元にでも置いといてもらおうかな?」
「!」

そ、そんな恥ずかしいこと絶対にしませんから!
私が反論すると、サッチさんはいつもの調子でくつくつと笑う。
今日の私、サッチさんにからかわれてばっかりだ…。

「…フィルちゃんごめんな?あんま会う時間とれなくて。」

少し躊躇うような声。
そういえばサッチさん、今日一緒にいるときも私に謝ってたっけ。
本当はもっと早くに時間つくりたかったんだけど…って。
サッチさんは仕事が大変みたいだから仕方ないのに、でもそう思ってくれるその気持ちが嬉しいなって思う。

「いえ!大丈夫です、仕事忙しいんですよね?」
「んー…ちょっとな。今いろいろと立て込んでてさ。それ済んだら時間とれるようになるからまたその時一緒に出ようか。」
「は、はい!…でも、無理はしないでくださいね?」
「ありがと。」

次の約束しちゃった…!
でも楽しみだな、今日緊張しすぎてあんまり話せなかったから…今度はたくさん話せるようにしたいな。

「今日は本当ありがとな。それじゃおやすみ。」
「はい。…おやすみ、なさい。」
「おやすみ。」

…まだどきどきする。
でも今日はぐっすり眠れそうだし、何だかいい夢が見られそうな気がするなあ。
せっかくだからもう布団入っちゃおうか…

「……。」

ベッドに向かおうとして、私の視界に入ったそれ。
今はソファーに置いてある。

「…べ、別にサッチさんにはばれないもんね。」

少し周りを気にしながら、私はひょいとベポを抱えた。
- ナノ -