「お菓子つくるのなんて久しぶりだなあ…。」

前につくったのは…確かバレンタインだった気がする。
その時は友だちにトリュフをあげたんだっけ。

「…よし、やりますか!」

絶対に失敗できない。
腕捲りをしてエプロンをつけて、気合いをいれるために髪をまとめる。
レシピも材料もちゃんと用意したし…絶対においしくつくるぞ!
…あ、その前に手洗わなきゃ。

「…えっと、まずはやわらかくしたバターと…」

計量はきっちりと。
要点を押さえて。
これは本に書いてあった「おいしいお菓子のつくりかた」だ。
手順と説明文をしっかりと確認しながら進めていた時、ふとあることを思い出す。

「そういえば…サッチさんが言ってたっけ。」

食べてもらうその人のことを考えながらつくるともっとおいしくなるんだ、って。
あと、おいしく食べてもらいたいって思いながらつくることも大事だって言ってた。
例えば技術とか…もっと違うことを言うと思ってたから本当ですか?って訊いたら、すごく大事なことだって力説されちゃったんだ。
だから今日は…サッチさんとマルコさん、それにエースにハルタさんにイゾウさんのことを考えながらおいしく食べてもらえるようにつくればいいんだよね。

「エースはわかりやすそう。」

思い浮かべてついくすっと笑ってしまう。
エースは何でも食べるしサッチさんがつくるケーキも好きだから、甘くても甘すぎなくてもきっと喜んで食べてくれそうだ。
…サッチさんの料理で舌が贅沢になってないといいけど。

「薄力粉入れたら混ぜすぎないように気を付けて…」

ハルタさんもエースと一緒かなあ。
お店でフルーツサンド食べてたしサッチさんのケーキも美味しそうに食べてたから…お菓子とか甘いものは好きなんだと思う。
でもすっきりした甘さの方が好きなのかなあ?サッチさんのつくるものってそんなにしつこくないもんね。

「…よし、これでひとまとめにして冷蔵庫で休ませる、と…。」

じゃあイゾウさんは?
う、うーん…どうなんだろう。
そういえばコーヒーはブラックを飲んでたと思うし甘いのは苦手そう。
イゾウさんもサッチさんのケーキ食べてたけど半分くらいエースにあげてたし…いや、あれはエースが食べたそうにしてたからかな…。
でも嫌そうに食べてたわけじゃないし…きっと甘すぎるものは好きじゃないんだろうな。
…あ、今のうちに洗い物とオーブンの準備しなきゃ。

ーー


「次は同じ厚さになるように気を付けて伸ばして…型抜きだ!」

型いろんなの買っちゃった!
星と、動物と、花と…やっぱり型抜きって楽しいよね。
鉄板にシートひいて、間隔に気を付けて…うん!焼く前からおいしそうな気がしてきた…!

「余熱したオーブンで…よし!」

おいしく焼けるといいなあ。
…そういえばまだ途中だったよね、あとは…マルコさんとサッチさんだ。
マルコさんはいつもコーヒーはブラックだし、苺ケーキの専門店に連れていってもらったときも甘すぎなくておいしいって言ってたから…甘いものは好きだけど甘すぎるのはだめなんだろうな。
でもサッチさんの料理よく食べてるみたいだし…や、やっぱり舌は贅沢そう。
…あ、いいにおいがしてきた!

「じゃあサッチさんは…」

サッチさんもコーヒーはいつもブラックだったなあ。
お菓子とかケーキは好きみたいだけど…やっぱり甘すぎるのは好みじゃないのかも。
サッチさんのケーキっていつもすっきりした甘さで食べやすいからサッチさん本人もそうなのかもしれない。
で、でも今回食べてもらうのに一番勇気がいる人だよね…。
だって私よりもずっとずっと料理上手だしお菓子だって何でもおいしくつくるし…あ、よく考えたらみんなサッチさんの味が基準になってる人たちばっかりなんですけど…!

ピー。

今さらその事実に気がついて動揺していたところにオーブンから音がして。
ミトンを使って取り出すと、クッキーはうっすらときつね色に焼けたおいしそうな仕上がり。
バターのいいにおいがふわりと香る。
お、おいしそう…!

「…味見も大事だよね!」

むしろ一番楽しみにしていた行程な気がするけど…ま、まあいいよね。
ちゃんと冷ましてからひとつだけ口にいれる。
…うん!がんばってつくった甲斐もあってちゃんとおいしくできてる!
あとは…

「おいしいって言ってくれるかな…。」

食べてもらう人たちのことを思い浮かべながら、そんなことをぽつりと呟いた。
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