この船での生活はとっても楽しい。
お兄ちゃんだけじゃなくて船長さんや仲間の人たちもすごく親切にしてるれるし、ナースのお姉ちゃんたちと夜中に話し込むのも大好き。
みんな私が暇をしないようにいっぱい相手をしてくれるんだ。
中でもサッチさんは飛び抜けていて、一日に一度は声をかけに私を探してくれるし、私のためにわざわざデザートもつくってくれる。
そ、それと一緒に甘い言葉をかけてくるから困ったりもするけど…サッチさんといる時間が一番多いかもしれない。
でも私とサッチさんが一緒にいると必ず怒る人がいて…

「お、ナマエ。シュークリーム焼いたんだけど食わねえか?」
「ほんとに!?食べたい!」
「そんじゃおれの部屋で待ってろ。ふたりきりでゆっくり…な?」
「…三人以上でお願いします。」
「つれねえなあ。まあいいから着いてこいよ、今ならアイスも付けて…、」

突然サッチさんが体の軸をずらしたかと思えばその直後に何かがそこをヒュンと通りすぎ、それはそのまま鈍い音を立てて壁に突き刺さった。
見てみるとそれは短剣で、まさかと思いつつ飛んできた方向を見るとその先にいたのは予想通りの人物。

「サッチ…海に沈む覚悟はできてるかよい?」

お兄ちゃんは手指の骨をぱきぱきと鳴らしながら近づいてくる。
そう、お兄ちゃんは私がサッチさんといるのを良く思っていないらしく、最近ではサッチさんを追い払う手段として刃物まで使い出す始末なんだ。

「お、お兄ちゃん、大丈夫だってば、」
「ナマエ、嫌ならはっきり言っていいんだよい。こいつに遠慮することはねえ。」
「何で邪魔ばっかするかなあ、お前は…。」
「お前は存在自体がナマエに悪影響なんだよい!わかったら離れろ!」
「お断りしまーす。…よっこいせ、」
「わっ!?」

ひょいとサッチさんの肩に担がれ、咄嗟にしがみつく。
我に帰ってその手を放すとサッチさんは可笑しそうにしながらそのままつかまっていろと告げてきて、その後ものすごいスピードで走り出した。

「待ちやがれ!」

後ろからはお兄ちゃんが見たこともないような形相で追いかけてくる。
さっきの物騒な発言もあながち冗談でもないと思ってしまうほどだ。
一方のサッチさんは私を担ぎながら走っているというのに、それを感じさせないほどの身軽さで船内を駆けていく。
船内には他の人や荷物を抱えた人たちももちろんいたけど、サッチさんはその間を難なく縫っていくどころかその人たちをお兄ちゃんの障害物に仕立て上げてしまった。

「お前らどけよい!邪魔だ!」
「も、文句はサッチ隊長に言ってください!」
「っ!サッチ、さ、」
「喋んなよ。舌噛むぞ?」

お兄ちゃんから距離を稼いだサッチさんはとある部屋に入るとすぐさまドアを閉め、そのまま私を正面から抱き込むようにして壁際に張り付いた。
高い体温と少し早い鼓動が否応なしに伝わってくる。

「サ、サッチさん、あの」

戸惑いながらサッチさんを見上げると、私の言葉を遮るように人指し指が当てられて。
触れた部分が熱を持ち始め、急速に広がっていく。

「…こんなとこ見られちゃ色々面倒だぜ?」

囁くような声を出して真っ直ぐに私を見るサッチさんはまるで別人のよう。
いつもとは違う雰囲気にどきどきとしながらもどうにか頷いてみせると、サッチさんは当てていた指を離し外の様子を探るように視線をやる。
私も自身を落ち着かせるように聞き耳を立ててみれば、遠くからお兄ちゃんの怒号の声が聞こえてきて、サッチさんはそれに苦笑いを浮かべていた。

「……、どうやら行ったみてえだな。」

サッチさんが表情を解いたのと同時に腕の力が緩められた。
少し疲れたと言いながら床に腰を下ろしたサッチさんに誘われ、私も同じように座る。
さっきの出来事が頭を離れず、部屋の薄暗さと静けさがそれに拍車をかける。
黙っていると余計にどきどきしてしまいそうで、ごまかすために私から話しかけることにした。

「…毎回思うんですけどサッチさんって逃げるの上手ですね。」
「まあな。職業柄追われることが多いんで。」
「あ、そっか。お兄ちゃんはどうかなあ…」

小さい頃はかくれんぼをしてよく遊んだ記憶がある。
お兄ちゃんは私がどんな場所に隠れても絶対見つけちゃって…子どもの時はずるいなんて言ってたけど、でも見つけてもらうのはやっぱり嬉しくて私がずっと隠れる側をしてたなあ。

「兄ちゃんが好きなのはわかったからよォ」

懐かしい思い出に浸っていると、いつの間にかサッチさんは息がかかりそうなくらいの距離まできていたことに気がつき思わず腰を引こうとした。
けどサッチさんは逆に力強く引き寄せてきて、私と再度目が合うとくつりと笑った。

「ふたりきりでいるときくらいおれだけを見てくんねえかな?」

サッチさんの指は私の唇をゆっくりとなぞる。
その手つきとサッチさんの真っ直ぐな視線に心臓がどくんと跳ねた。
体は固まってしまったかのように動かなくなって、息をすることさえも躊躇ってしまう程。
回らない頭と震える唇ではこう言うのがやっとだった。

「………ぉ、」
「うん?」
「お兄ちゃん!!!」

私の声が聞こえたのか、十秒と経たないうちにお兄ちゃんが部屋のドアを蹴破りながら入ってきた。
顔面蒼白になったサッチさんには悪いなと思ったけど…で、でも仕方ないよね?
だって、こんな気持ちになったの初めてだったから。


◇リクエスト内容◇
セコムマルコさんを掻い潜って夢主にアプローチする隊長さん(マルコさん誕リク続編)
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