(結局来ちゃった…。)

先週の件があってここへ来るのはもう止めておこうと思いはしたものの…習慣化した大事な時間がなくなるのは寂しいし、純粋にここのコーヒーを飲むのが好きだ。
それに、あのまま店に通うことを止めてしまったら心配してくれたエースさんにも失礼だと思う。
…いろいろと理由付けしたけど、一番の動機はサッチさんのことを諦めきれないから。
区切りをつけた方が楽だってわかってるのに…はあ、私のバカ…。

「お!いらっしゃい。」
「こんにちは。」

そろりとドアを開けると、エースさんが私を見てパッと顔を明るくする。
来る前はひとり不安だったけど、エースさんがこうやっていつもと変わらず声をかけてくれて安心したんだ。

「いつもより遅かったな。来ねえかと思ったぞ。」
「あはは…ごめんなさい。」

苦笑いをしつつ店内をちらりと見ると、客席は結構埋まっているのにあの人の姿はない。
お店の奥か、外に出ているかはわからないけど…少しだけほっとしてしまった自分がいる。

「あ、そうだ。今チャンスだぞ。」
「え?何のですか?」
「あそこ座っちまえ。早く。今外出てるから。」

そう小声で言われた先は、まさかのカウンター席。
四人分の席があるそこには現在誰も座っておらず、私にとっては特等席もいいところだろう。
確かにサッチさんがいると絶対に座りに行けない場所ではある…けど!

(い、いいですって、そんなの無)
(無理じゃねえから早く座れ。早くしねえと戻っ)
「お。いらっしゃい。」
「「!!」」

後ろでドアが開く音と、そのあと続けて聞こえてきた声にエースさんとふたり揃って体を硬直させる。
エプロン着のままのサッチさんはトレーを持っていて、どこかに注文を届けに行っていたらしい。

「エース、こんなとこで何やってんだよ。早く案内する。」
「お、おう、いや、案内してたんだけど、」
「何だあ?…んーっと…前の席どう?カウンター。嫌じゃねえ?」

自分でやった方が早いと判断したのか、サッチさんは店内を一目見てから私に声をかけてくれた。
エースさんなら何ともないのに、手の届く距離にサッチさんがいると、ただそれだけで平常心じゃいられなくなって挙動も固くなってしまう。

「は、はい、大丈夫です」
「じゃあどうぞ。…ほら、お前もぼさっとしてんな。」

私には笑顔を、そしてエースさんにはトレーで頭をこつんと叩いたサッチさんはいつもの場所へと向かっていく。
緊張もほぐれないまま一番端の席に座ると、エースさんが水とお手拭きを持ってきてくれた。
今の気持ちを目で訴えようとしたら、運び終えたエースさんはそそくさと他のテーブルへ移ってしまう。

(に、逃げられた…!)

いつもなら少し会話をして注文を取ってくれるのに、今日はその素振りさえ見受けられなかった。
仕方がないから、エースさんが戻ってきたときに声をかけよう。
そう思いながら出された水を一口飲んでいると、前方からの視線を感じた。
顔を上げると、サッチさんがメニュー表を片手に私のことを眺めているではないか。

「注文どうしようか。いつものにする?」
「え…」

まさかそう訊かれるとは思わなくて反応を取れずにいると、サッチさんは緊張も和らいでしまうような優しい笑顔を向けてくれた。
けど、私には逆効果だったのは言うまでもない。

「今日は違うのにする?」
「い、いえ、…いつもと、同じのを…」
「かしこまりました。」

丁寧に、それでいてどこか人懐っこい口調で笑ったサッチさんを前にして、私の心臓はいよいよピークを迎えた。
平静を装うけど、内心ではサッチさんと話せた嬉しさでお祭り騒ぎである。

(エースさんちょっと恨んでごめんなさい…!)

この席すごく良いです!サッチさんが私の頼むやつ覚えててくれてたんです!週一で頼んでたら嫌でも覚える!?そういうことじゃないけど…ああもう!この際それでいいです!今日来て本当良かった…!

「いらっしゃいませー。」

私が心の中で騒いでいる間に新しくお客さんか来たようで、エースさんの真面目な声に現実へと引き戻された。
そのお客さんが座った場所は、私が顔を動かさずともぎりぎり視界に入ってしまう。
そういえばこの女性は先週も今と同じ席に座っていた気がする。

「こんにちは。今日は少し暑いですね。」
「そうだな。そのせいかアイスの注文が多いけど…それにする?」
「うーん、冷たいのもいいですけど…やっぱりオリジナルブレンドを。一番好きなので。」
「ははっ、了解。」

私はあの女性みたいに自然な会話が出来るようになるんだろうか。
ここに座るのもやっとで、受け答えも満足に出来なくて。
サッチさんと少し話したくらいであんなに浮かれてはしゃいで…。
ふたりが会話する姿を思い返して頭を冷やしていると、いつの間にかサッチさんの姿があの場所から消えていたことに気がついて。
あっと思ったときには、注文の品をトレーに乗せたサッチさんが私の席へと近づいて来ていた。

「お待たせしました。」

捲った袖が強調するたくましい腕に、無骨な指。
なのに仕事姿はその人の内面を表すように丁寧で繊細で、それでいて優しくて、その差にまた惹き付けられる。
静かに置かれたコーヒーは私の心をほっと落ち着けてくれて、続くシンプルなパンケーキに自然と頬が緩んでいく。

「ありがとうございます、」
「ごゆっくりどうぞ。」

私に向けられた穏やかな表情は、さっきまでの沈んだ気持ちを掬い上げてくれるんだ。
この店に来れば来るほど、サッチさんに近づけば近づくほどサッチさんのことが好きになってしまう。
溢れてくる想いを押さえつけながらもう一度頭を下げると、サッチさんは伝票をそっと伏せていつもの場所へと戻っていった。
その伝票には、いつもはない文章がある。

『年上の男性に興味はありますか?
おいしいコーヒーを用意して毎週あなたのことを待っています。』

それからはまともに顔を上げられなくて。
コーヒーを飲むふりをして小さく頷くのが精一杯だったけど、あの人は気がついてくれただろうか。


◇リクエスト内容◇
珈琲喫茶店のマスターな隊長さんと、そのお店に通う夢主のハッピーエンド(ライバル要素有)なお話。
- ナノ -