おれには付き合っている相手がいる。
彼女はおれよりも十歳以上若く、素直で少し照れ屋なところがとてもかわいい。
交際したての頃はすれ違うことが何度かあったものの三年経った今では順風満帆で、おれが一番落ち着く居心地のいい場所は彼女の隣であると断言できる。
それほどに彼女の存在は自分の中で大きくなり、ついにはおれにあることを思い立たせるほどになったのだ。
しかしながら、それでこんなにも頭を抱えることになろうとは。

『思い出に残るプロポーズにするために』

ああくそ、これ系の本読んだって結局決まりやしねえんだ。
書店に並べられたその本を恨みがましく睨み付けたあと、さっさと帰路につくため店を出て車に乗り込む。
ここ最近おれの頭を悩ませているのがこれなのだ。
ナマエちゃんはロマンチックな演出をされた方が喜ぶのだろうか、はたまた家デートのような落ち着いた場所でされる方がいいのだろうか。
毎年冬になるとイルミネーションを見に行くのだが、終始嬉しそうにしていたからムードのある演出は結構好きなんだろうと予想できる。
いや、しかしだ。
遊園地や水族館へ遊びに行くのと同じくらい家デートが好きだと言うナマエちゃんであるから、そういう大事な話はふたりだけの空間でゆっくりするほうがいい…という気もする。
おれにとってもそうだが、ナマエちゃんにとってその日は記憶に残る日になるだろう。
ナマエちゃんが喜んでくれる、嬉しいと思ってくれる最高のプロポーズにするためには…。

ーー


「『バラティエ』で、って…あの海上レストラン?」
「海の上でプロポーズすんのか。すげえな。」
「…おう。」

後日、仕事場にて。
おれとナマエちゃんの仲を取り持ってくれた(と本人たちは言うが、ほとんど野次馬しかしていなかった気がする)面子に、一応ながら事を伝えた。
付き合い始めてからもおれたちのことに多々首を突っ込んではくるが、こいつらの世話になったこともあるし、それなりに心配もしてくれているのも事実なのである。

「いつするんだよい。」
「ナマエちゃんの誕生日が来月にあるからな、その日にしようと思ってる。」
「お前って結構ロマンチストなんだな。」
「うるせえ。似合わねえことくらいわかってるっつーの。」

四十を目前にして、しかも海の上でプロポーズをするだなんておれも思っちゃいなかったし、そのときのことを想像すると恥ずかしさで死ねそうだ。
だからおれも普通に、無難に家で言おうとも考えたのだが、決め手になったのはやっぱり。

「でもサプライズとか雰囲気ある方がナマエも喜びそうだし、いいかもね。」
「そうだな。夜の海の上なんて洒落てると思うぞ。」

ナマエちゃんにとって忘れられない日にすることができるのなら、恥ずかしいとか照れるとか…そんなものはいくらでも我慢してやる。
ナマエちゃんだって特別な演出に驚きはしても、きっと嫌がりはしないだろう。
昼は海で遊んで、夜は海上レストランで過ごし、頃合いを見て船の外に誘い星空の下でプロポーズする…うん、ナマエちゃんは海が好きだからな、我ながらいい計画だ。

「で、おれたちは何をすればいいんだ?」
「は?」

おれが自画自賛していると、若い方の一人が希望に満ち溢れた目で話しかけてきた。
何で手伝う前提なんだよ、しかも『たち』…?

「やだなあ、遠慮しなくていいって。何でもするよ?」
「いや、してねえし。お前らの出番とか一切ねえから。」
「サプライズなら協力者がいるだろい。」
「そのことならもう店側に話通してあるから、お前らはおとなしくしててくれ。それが一番うまくいくんだ。」
「「「……」」」

…ふう、可能性は潰したしこれで当日の安全は保たれたな。
何でプロポーズの日まで顔見知りの野次馬を置かなきゃいけねえんだ、そんなのは絶対ごめんだぞ。
三人からの不服そうな視線を無視していると、いつの間に離れていたのかイゾウが近づいてきた。

「どこ行ってたんだ?」
「予約してたんだよ、四名で。来月の23日だろ?」
「!?」

その日はナマエちゃんの誕生日。
付き合ってから初めて誕生日を祝う際、おれが張り切りすぎたせいで、こいつらも日付を覚えてしまったという過去があったのだ。
まさか客として無理矢理混ざってくるとは予想しておらず、開いた口が塞がらない。

「イゾウナイス!」
「よーし、盛り上げ役がんばるからね!」
「写真も任せろ。結婚式でも使えるように撮っといてやるよい。」

こうして、おれは四名の協力者()を得てプロポーズに挑むのだった。
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