白い雲が映える青空、照りつける太陽、風に乗る潮のにおい。
私は大きく息を吸い込みながら、一面に広がる海に目を輝かせた。

「「海だー!!」」

今日は私の誕生日。
海が好きな私のために、サッチさんが一泊二日の特別なデートプランを用意してくれたんだ。
今夜は有名な海上レストランに予約をしてくれているらしくて、その話を聞いたときから楽しみで仕方がない。
今年の誕生日も良い思い出になりそうだなあ。

「いい眺めだなー。」
「人も少なくていいですね。」
「こっちの方はほとんど地元の人ばっかなんだってさ。観光客とかはあっちに行くらしい。」

サッチさんは東の方を指差しながらそう教えてくれたあと、パラソルを設置し始めた。
砂浜をぐるりと見渡しても、家族連れが三組で他が四組、それに海の家みたいなものはひとつもないけど…のんびりとした雰囲気でこっちの方がゆっくりできそうだなあと思う。
パラソルに合わせてシートを広げその上に荷物を置くと、サッチさんが手についた砂をリズムよく払った。

「よっしゃ、日頃の運動不足を解消しますか。」

ばさりとシャツを脱いで露になったのは、逞しい腕に厚い胸板、それからほどよく引き締まった腹部。
行きの車内で「最近油断してるから肉が…」なんてサッチさんは言っていたけど、そんなことを欠片も思わせないその姿につい視線が釘付けになってしまう。

「ん?ナマエちゃんも行こ?」
「!は、はい、ちょっと待ってください、」

慌てて視線をそらし、私も薄手のパーカーを脱ぐ。
いつもよりずっと肌を出してしまうこの格好はやっぱり恥ずかしくて落ち着かない。
躊躇いながらも浮き輪を手に立ち上がったところで、サッチさんがやけに熱心な視線を送ってきていることに気がついた。

「…何ですか。」
「いや…実にいい眺めだなーと…。」
「……」
「いてえ!ちょっ、ナマエちゃんやめて!」

褒めてくれているのはわかるけど、こればかりは素直に喜べなくて。
持っていた浮き輪をサッチさんに何度か叩きつけたあと、さっさと波打ち際へと向かうのだった。

ーー


海で楽しい時間を過ごしたあとは、一休みも兼ねてホテルへチェックインをしに向かう。
シャワーを浴びて、ふたり揃ってベッドに寝転んで…目が覚めたのは西陽の勢いも収まり始める夕刻だった。
もう少し寝ていたい気持ちを抑え、夜の楽しみに向けて身支度を整える。

「そろそろ行く?今からならいいぐらいの時間に着くだろうし。」
「はい、……」

髪もくくり終えたし、最後にネックレスを…ってあれ?私、どこに仕舞ったっけ…?
慌ててポケットの中や鞄、ポーチの中も探してみるけど一向に見つからない。
あのネックレスはサッチさんが初めてプレゼントしてくれた、特別大事にしているものだ。
もしかしたらとパーカーも調べてみるけどそれらしきものは出てこず、途端に不安に押し潰されそうになる。

「どうかした?」
「…ネックレスが、どこにも…」

どうしよう、まさかあのネックレスをなくしてしまうなんて。
頭の中が真っ白になってそれ以上返せないでいると、サッチさんが私を心配するように視線を合わせてきた。

「朝は…つけてたよな。最後どこで外したか覚えてる?」
「……海で泳ぐ前、服を脱いだときに一緒に…」

…そうだ、畳んだパーカーに挟んでおいたのに海から上がったときはそのことを忘れてて、そのまま…。
大事なことなのに何で覚えてなかったんだろう。
何で別のところに仕舞わなかったんだろう。
よりによってサッチさんと一緒にいるときになくしてしまうなんて。
後悔ばかりが巡り、サッチさんへの罪悪感や自分の浅はかさに視界が滲む。

「ごめんなさい!サッチさんから初めてもらったものなのに、わたし…」
「戻って探そう。」

サッチさんは私を真っ直ぐに見ながら、はっきりとそう言った。
けど、今からあそこに戻って探していたら予約の時間を大きく過ぎてしまうし、ただでさえ砂ばかりで小さなネックレスを見つけにくいのに、日が落ちてきている今だとその確率はもっと落ちてしまう。
それにサッチさんも今日の夜をすごく楽しみにしていたから、せっかくの機会を私の失態なんかのせいで潰したくない。
返事をしかねる私に対し、サッチさんは何の躊躇いもなく携帯を取りだしてこれから向かう予定だったお店にキャンセルの連絡を入れ始めた。
話が済むと、サッチさんはさっきよりも少しだけ表情を緩めてみせて、でも私から目を外すことなく口を開いた。

「大丈夫、絶対に見つかる。だから行こう。」

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