おれの話を聞いてくれ。
今日はおれのかわいい彼女の誕生日だったんだ、しかも二十歳の。
もうめちゃくちゃ準備したね、おれは。
この日には絶対仕事入れねえようにしてたし、プレゼントも考えに考えて選びに選んだやつを用意したし、ケーキだって味は何にするか盛り付けはどうするかと熟考した上で決めた。
肝心のデートプランはいろいろと悩んだが、昼間に出かけて夜はおれの家で…って感じに落ち着いた。
ケーキのこともあるし、ふたりだけの時間も欲しいし、何てったってその日はナマエちゃんがようやくお酒を口にできるからだ。
ということはよ?そんなの家飲みするしかねえだろ?
ナマエちゃんの酔った姿を拝見して、ついでに介抱という名目で泊まらせちゃったりして、あわよくばナマエちゃんをとびきり可愛がってあげたいなーなんて思ったりもして…まあ長くなったがおれは今日という日をめちゃくちゃ心待ちにしてたわけだ。
だから。

「ナマエの誕生日って来月だったよね?」

悪ガキどもがこう訊いてきたときは嫌な予感しかしなかった。
嘘を教えても仕方がないので素直に答えると、案の定誕生日パーティをしようとのこと。
まあそれはいい、それはいいんだが当日は彼氏のおれに譲れよ?
そう思っていたおれのそばでこいつらは電話をかけ始めたではないか。
おいこらちょっと待て、せめてあと一日待て、おれは明日のデートでナマエちゃんと約束を取り付けるつもりなんだよ。
ナマエちゃんだっておれが誘うの待ってるはずだ、だから間違っても当日は……あああ!?お前らバカじゃねえの!?その日はおれがナマエちゃんを独占するんだよ!その前後だったらいくらでも譲ってやるっつーの!
このままではおれの計画が台無しだと思い、携帯を奪おうとしたその瞬間だ。

「あ、サッチもいるから代わるぞ。」

…何てえげつねえ。
にやにやと悪どい顔を並べるそいつらに頬をひきつらせつつ携帯を受けとると、少し緊張しているかのような声が聞こえてきた。
まさかおれがこの場にいるとは思っていなかったんだろう。

「あの、ありがとうございます…え?何がって…ケーキですよ。サッチさんがすごいの用意してくれるって聞いて…」

つくるけど!すげえのつくる予定だったけど…!
隠しきれていない弾んだ声がナマエちゃんの喜びと期待の高さを表しているに違いなくて。

「楽しみにしてて。最高においしいのつくるから。」

そのあとのナマエちゃんの返事といったらかわいいことこの上ねえもんだったから、優しくて格好いいサッチさんを演じるしかなかったのである。

「……はい、わかりました。じゃあ火曜日に。」

突如かかってきた電話に賑やかな席を立ち、キッチンに移動したのが二十分ほど前。
少し長くなってしまった通話時間を見て一息ついたあと、シンクに寄りかかりながら何の気なしにその方向を見やる。
ふたりきりの時間を奪われたのは痛かったが、いつまでも拗ねていては大人げないというものだ。
それにナマエちゃんがとても楽しそうにしている姿を見ると、やっぱりおれも嬉しくなる。
…『あれ』を渡すのは帰りのときになりそうだな、こりゃ。

(さて、明日に残らなきゃいいんだが…)

ここに来たついでだ。
シャンパンとは言えど酒は酒。
ナマエちゃんは大丈夫だと言っていたが、自分でも気がつかないうちに飲みすぎてしまうということがあるので、手遅れになる前に止めてあげた方がいいだろう。
買い出しの時に買ったオレンジジュースを注ぎ、元いた部屋へと戻る。
あいつらは勝手に酔って勝手に潰れてりゃいいしな、おれが守るのはナマエちゃんだけだ。

「ナマエちゃーん、そろそろお酒は止めてこれ飲…」

部屋に入るなり静かにしろ、黙れとあちらこちらからジェスチャーをされた。
まさかと思って見てみると、目を閉じたナマエちゃんが体を小さく丸めながら横になっていて、誰かが気を利かせたのかおれの上着がかけられている。
そっと近くに膝をつくと、その小さな口からすうすうと可愛らしい寝息が聞こえてきた。

(今日が楽しみでほとんど寝てなかったらしいよい。)
(あらまあ…)

まあ…変に酔っ払ったり気分が悪くなるよりかはずっといいか。
もう少し話したかったと思うと残念なような、しかしながら体調のことを考えると安心したような。
内心苦笑しながら静かに髪をすくうと、ナマエちゃんが気持ち良さそうに頬を緩めた気がして。
おれの見間違いかも知れねえけど…なんだ、その、…こういう姿見ちまうと無性にかまい倒したくなる。

「というわけでサッチ、あとは頼むよい。」
「は、はあ?」
「何だよ鈍いな、お前まだ何も渡してねえんだろ?車まで荷物持っていってやるよ。」

エ、エースから鈍いなんて言われる日が来るとは夢にも思わなかったわ…。
けどふたりきりにしてくれるっていうのなら、ありがたくそうさせてもらおうじゃないか。
荷物を他のやつらに任せ、静かに横になっているナマエちゃんをそっと抱きかかえる。
少し頬を赤くして気持ち良さそうに眠るナマエちゃんにキスのひとつでもしたくなるが…いかんいかん、こいつらの前だぞ我慢しろよおれ。
道中は歩くときの揺れが心地良いのか特に起きる気配もなく、無事に後部座席へと横たえることに成功した。
もちろん頭部にはクッションを挟み、上着もそのままかけておく。
おれも運転席へと乗り込んで…あとは安全運転を心掛けて帰れば大丈夫だろう。
過去の依頼で高価なガラス細工を運んだことがあったんだが…うん、あのときより緊張しそうだな。

「じゃあな、おやすみー。」
「何渡したかちゃんと教えてよね。」
「寝たことは気にするなって伝えといてくれよい。」
「大事な荷物気にしすぎて事故るなよ。」

それぞれに表情で返事をしたあと、ゆっくりとアクセルを踏む。
普段は車が動いてからもうるさい見送りが続くのだが、今回ばかりは静かだった。
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