玄関のドアを開けるなりエースとハルタさんのクラッカーで出迎えられた今日は、私の二十回目の誕生日。
散らばったテープもそのまま、背を押されて向かったリビングにはマルコさんとイゾウさんの姿もある。
お祝いの言葉をたくさんもらって、それと同じくらいお礼を言って。
嬉しさでいっぱいになる私に追い討ちをかけてきたのは、もちろんあの人。

「ハッピーバースデー、ナマエちゃん。」

サッチさんが運んできてくれた大きなケーキに視線は釘付け。
真っ白のクリームに彩り豊かなたくさんのフルーツが盛り付けられていて、さらに驚くべきはそのケーキが二段だったこと。
一目見ただけでも手間をかけてくれたことが十分わかるのに、『HAPPYBIRTHDAY』と文字が乗るチョコプレートさえもサッチさんが書いてくれたんだろうと思うと嬉しくてたまらない。

「サッチさん…!」
「ま、おれが本気出したらこんなもんよ。」
「二段とか聞いてねえぞ!?」
「ぼくらのときは一段のくせに!」
「たりめーだ。愛の差だよ、愛の。」

強調するようにそれを繰り返すサッチさんに、私の方が恥ずかしくなってくる。
少しうつ向きながらもきれいに装飾されたケーキに嬉しさを感じていると、サッチさんがフォークを差し出してくれた。

「お好きなところどーぞ。」
「えっ、」
「一口目はナマエちゃんが食べて。」

サッチさんは嬉しいとも楽しいともとれる表情をいっぱいに浮かべながら、さあどうぞとすすめてくる。
ということは…このまま直接食べろってこと?
そ、そんな贅沢なことできないんですけど…!

「ナマエー、早く食べてよー。」
「そうだぞ!早く食え!」
「お前が食うまでおれらはお預けなんだよい。」
「先に手ェ出したらどんな酷い目に合うか。今回は特にな。」

そこでやっと気がついたけど、みんなを見るサッチさんの視線は突き刺さりそうなくらいに鋭い。
でもそれが私に向くことは決して無くて、私を見るときはさっきの嬉しそうな笑顔に変わるのだ。
みんな私が食べるのを待っている。
サッチさんがつくった特別豪華なケーキの一口目を担うなんて贅沢すぎること、私には勿体なくてなかなか一歩を踏み出せない。
でも、でも。

「ナマエちゃん、はやく。」

サッチさんは食べる側である私よりも、ずっとずっと嬉しそうな顔でそう言うんだ。
そんなサッチさんの期待を裏切るなんて、とてもじゃないけど私には出来そうにないから。

「い、いただきます…!」

上の段の、私の正面部分。
わくわくしながら刺したフォークは生クリームと柔らかいスポンジ、それに真っ赤な苺とブルーベリーを一粒掬い上げた。
少しだけ多めなのは気持ちを抑えきれなかったせいだ。
絶対においしいってわかってるから、口に入れる前でも自然と頬が緩んでしまう。
ぱくりと頬張ると口いっぱいに広がる幸せ。

「すごくしあわせです…!」
「ひひっ。…よーし、お前ら食っていいぞ。」
「「いただきまーす!」」

その声のあと、ホールケーキに次々とフォークが刺さっていく。
みんな慣れているのか、取り方も食べ方も個性豊か。
少量ずつゆっくり食べたり、大きく取って口いっぱいにケーキを頬張ったり、フルーツを多目にすくったり…そんなみんなの様子をサッチさんは嬉しそうに見ている。
こういう食べ方は初めてだったけど…何だか楽しくて好きだなあ。
おいしいケーキを囲んで会が一段と盛り上がってきたころ、イゾウさんがとあるものを持って近づいてきた。

「嬢ちゃん、ほら。」
「…何ですか?これ。」

まじまじと見つめながらも受け取ったものは、三十センチくらいはありそうな長方形の箱。
きれいに包装されたそれはずっしりと重さがある。

「ビスタからお祝いだとさ。」
「え!?あ、ありがとうございます、」
「礼は本人に言ってやってくれ。…開けてみな。」

(そういえば成人したら見繕ってあげるって言われたような…。)

あれから数えるほどしか会ってないのに本当に贈ってくれるなんて優しい人だなあ…またお礼を言いに行かなくちゃ。
自然と周りの注目が集まる中、丁寧に包装を剥がしていく。
箱から出てきた瓶はどうやらお酒のようで、ラベルには外国の文字が印刷されていた。

「?えっと…」
「何だ?ワインか?」
「…いや、シャンパンだな。」

そこからはみんな行動が早かった。
マルコさんとエースとハルタさんがグラスとワイン、それからおつまみを取りに行って、サッチさんとイゾウさんがシャンパンを開けて、私はその様子をぽかんとしながら眺めているだけだったけど…気がつくと私の目の前には例のシャンパンがグラスに注がれた状態で置いてあった。
量がグラスの二分目までと異様に少ないのは、もっと入れてやれと言うイゾウさんにサッチさんが最初だからと頑なに譲らなかった結果である。

「ナマエもついにお酒デビューだね。」
「おめでとうさん。」
「最初ってチューハイとかビールとかじゃねえの?」
「まあ祝いの席だしこっちの方が華やかでいいかもしれねえよい。」

初めてのお酒にどきどきしてはいるんだけど…それは私よりも周りの人たちが異様に盛り上がっているからかもしれない。
…でも、あの人だけはそうじゃないみたい。

「ナマエちゃん…貰いモンだからって無理しなくていいからな?な?」

ただひとり不安そうな顔をするサッチさんに少し苦笑しつつ、大丈夫ですと断りを入れる。
ちょっとだけ心配しすぎな気もするけど…サッチさんらしいと言えばそうなのかもしれない。
一呼吸してからグラスを手に取り、探るように香りを嗅いだあと恐る恐るグラスに口を付けた。
口の中に流れ込んできたのは初めての味。
でもそれほど苦手な味じゃなくて…ぱちぱちと弾ける感覚も、ふわりと残るお酒の余韻も抵抗なく受け入れることが出来た。

「…おいしい、です。香りもいいし、思ってたよりも苦くなくて飲みやすいし…大丈夫だと思います。」
「ほ、ほんと?無理してねえ?」
「お前は保護者かよい。」
「サッチは心配しすぎなんだって…ほらほら、まだあるよ。」

そう言ってハルタさんがさっきよりも多い六分目辺りまで注いでくれる。
グラスの中身は小さな泡がいくつも上っていて、透き通った琥珀色がとてもきれいだ。

「それじゃ改めまして…乾杯!」
「「「カンパーイ!」」」

ほっと吐き出した息は何だかあたたかい。
…あれ?何だかふわふわする?
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