今日は、いわゆる特別な日というやつだ。
今朝家を出る際に「あの、今日って遅くなりますか…?」と少し困り顔で言ってきたフィル。
今日はおれの生まれた日だから色々と計画を立ててくれているんだろうことがすぐにわかった。
出来ることなら早く帰ってきてほしいんだろう。
おれもそうしたかったし特に遅くなるような心配事もなかったため、「いや、早く帰れるよい」と返したんだ。
そうしたらどうだ。
それを聞いたフィルが照れたように笑いながら、しかも嬉しそうに「よかった」と言う。
フィル、お前はおれをどうしたいんだ、遅刻させたいのか。
やめてくれ、今日遅刻なんてしたらサッチやイゾウあたりが変に勘を働かせてにやにやしながら馬鹿にしてくるに違いないんだ。
それだけは絶対に避けたい。
手を出したい衝動を抑えて「じゃあ行ってくる」と普段通りの姿を演じきったあの時のおれは本当によく頑張ったと言えるだろう。

「!…え、えっと…」

こらフィル、こっそり仕舞いに行こうとするな。
そりゃあ明日も仕事があるおれのことを心配してくれるのは嬉しい、ものすごく嬉しい。
だが、おれはまだまだ余裕だし、それに今日くらいは最後まで起きていようと決めたんだ。
それに、だ。

「え?…はい、わかりました。」

フィル、お前はおれを祝っている最中だろう。
おれのために何かしてくれるのは嬉しいが、そのためにお前がここから離れるのは好ましくない。
おれはフィルとゆっくりしていたいし、少しでも長く一緒にいた…こら、何だその緩みきった顔は、何がそんなに可笑しいんだ。
ああくそ、…ほらフィル空いたぞ。

「あ!…もう、これで最後ですよ?」

ちょっと待て、その顔に上目づかいは反則だろう。
フィル、おれはもう完全に惚れてしまっているんだからな?これ以上どうしろというんだ。
というか「手のかかる子どもの世話をしている母親」に見えるのはどうしてだ、おれの方が一回りも歳上だというのに。

「ふふ、」

今度は頭を撫でられてしまった。
さっきはフィルの方がしっかりしているというようなことを言ったが、そんなことはない。
フィルの方が断然子どもっぽいし、それに少し天然で(本人は断じて認めない)、警戒するということをしない。
さらにはどこかふわふわしているから見ていて危なっかしいと思うことも多々ある。
現に。
こんな至近距離で、極めつけにはこんな幸せそうな顔でおれの名前を呼ぶあたり、本当に警戒心なんて言葉はこれっぽっちも見当たらない。
おれはひとりの男なんだぞ。
まったく、警戒心が無さすぎるのも困りもの…

「マルコさん」

……不意打ちは卑怯すぎやしないか。
お前ときたらおれをぐらつかせるようなことを平気でやってのける。
今日の朝のことだってそうだ、それにこの間も…ってフィル、自分からしておいて恥ずかしがるなんてなしだろう。

「…フィル、」

とは言っても。
フィルがおれのことを子どものように扱ってくる場合、大抵はかまってほしいと思っているのだ。
…ああわかったわかった、わかったからそんなに引っ付くな。
ちゃんと相手をして…やる…か……ら……

ーー


「……コさん、マルコさん、」

誰かの声が聞こえると同時に、肩を軽く揺すられる感覚。
目を開けるとエプロンを着けたフィルの姿があって。

「おはようございます、朝ですよ。」

どうやらおれはリビングで寝ていたらしい。
ああ、と返して見た時計はいつもおれが起きている時刻を指している。
起こしてもらうなんていつぶりだなどと考えつつ体を起こすと、突如頭痛と倦怠感が襲ってきた。

「大丈夫ですか?」

心配そうにフィルが差し出してくれた水を飲みつつ記憶を遡っていく。
昨日は…そうだ、フィルがおれの誕生日を祝ってくれたんだ。
フィルの料理はもちろん美味しかったし、何か身に付けることが苦手なおれでも残せるものをとネクタイピンを贈ってくれたところまでははっきり覚えているのだが、その後となると全く思い出せない。
これは聞いた方が早いな。
そう思ってフィルを見ると、目が合うなりうつ向かれてしまった。
…しかも、頬を少し赤らめて。

「へ!?えっと、べつに、」

…何だか嫌な予感がするのはおれだけだろうか。
だがそんなことは言っていられない。
知らないままの方が幸せなこともあるのかもしれないが、おれとしては弱味を握られているみたいで嫌なんだ。
こらフィル、「特に何も」じゃないだろう、おとなしく教えろ。
あの後おれはどうなったんだ。
おれはお前に何かしたんだな?

「…ずっと、ぎゅーっ、て…」


(お!マルコ、おはよーさん。あのワインなかなか美味かったろ?)
(ああ、一生忘れねえよい。)
(…暴力反対ィィィ!!)

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