いつもなら人が混み入ってうるさいくらいに賑やかな食堂には私以外誰もいない。
だって今は宴の最中。
甲板にいるみんなの騒ぎ声がここまで届いてくるし、オヤジさんの豪快な笑い声だって聞こえてくる。

「ナースさん、また怒ってるんだろうなあ。」

ただでさえ呑みすぎるのに、気分が良いと余計にすごいから。
困り顔のナースさんとそれすら笑っていなすオヤジさんの、いつものやり取りを想像してくすりと笑ってしまった。

「…よし、ちゃんとある。」

冷蔵庫の中に入れておいた物の無事を確認してほっと一安心。
つまみ食いされる危険性があるから、とそれはもう説得力のある四番隊の人たちの言う通り大きな張り紙をしておいて正解だったと思う。
してなかったら今ごろ誰かさんの胃の中に消えちゃってたかもしれないしね。
丁寧に取り出して顔を近づけるとチョコレートのいいにおい。
隊長がお待ちかねだし…早く持って行こうっと!

「やあーっと見つけた。」
「!?」

後ろから聞こえてきた声に思わずお皿をひっくり返すところだった。
だ、だだだだってこの声は…!

「サッチ隊長!?」
「驚きすぎ。」

憧れの人が急に現れたりしたら誰だって驚くに決まってます!
大所帯だから隊が違うと同じ船に乗っていても出会う機会は少ないし、ましてや喋ることなんて。
だからこうやって一対一で会えるなんて本当に夢みたいなんだ。
私の慌て様を見てくつくつ笑うサッチ隊長はお酒が進んでいるのか頬が少し赤いし、いつもなら全て止まっている釦は上から3つ分外されている。
のぞく首もとにどうしようもなくどきりとしてしまうのは、相手がサッチ隊長だからだ。

「ど、どうしたんです?」

心を落ち着かせながら隊長の最初の言葉を思い出すけれど、隊長に探されるような理由には全く心当たりがない。
宴の最中私は自分の隊の輪の中にいたし、隊長もきっとそうだと思う。
もしかしたらいつもみたいに他の隊長たちに絡みにいってたのかもしれないけれど…それでも私が探される理由には到底繋がりそうにない。
気づかないところで何か粗相しちゃったのかなと少し不安になりつつ訊ねると。

「んー?フィルに酌してもらおうと思って探してた。」

甲板中探したんだぜ?
隊長が拗ねたようにそんなことを言ってくるから、私は「これは冗談だ、私をからかってるんだ」と自分に言い聞かせて冷静さを保つのに必死になる。
でもやっぱり嬉しくて喜んでしまう自分もいて、結局は動揺を隠すなんて出来ないんだ。

「…お?ガトーショコラじゃん。」
「は、はい。ハルタ隊長のリクエストで。」

隊長が視線で示したもの。
そう、私が宴の席を抜け出して食堂に来たのはこれを取りに来るためだった。

『フィルのつくったケーキ、食べてみたいな。』

あんな笑顔で頼まれたら断るなんて出来なくて。
お菓子づくりの経験なんてほとんどなかったけど、本でつくり方を調べたり四番隊の人たちに色々助けてもらったおかげで無事に完成させることができたんだ。
決して失敗はしてないといっても、私よりもずっと腕があってそれも憧れの人にこれを見られるとなるとやっぱり恥ずかしい。
少し様子をうかがうように見ると、サッチ隊長の視線はまだケーキに集中してる。
一変して真面目な表情。
何か考えてるみたいだけど…そんなにまじまじ見られたら余計に恥ずかしいです!
おずおずと声をかけると、気づいた隊長と目が合って。
次の瞬間、隊長は口だけで笑みをつくる。

「なあフィル、おれにも頂戴よ。」

少しトーンを落とすなんて最強にずるいと思う。
ハルタ隊長ごめんなさい、私は海賊ですけどそれ以前に女の子なんです…っ!
目の前で表情を崩そうとしない隊長にこくこくと頷いてどうにか返事をしたあと、ナイフで切り出して手渡した。
ハルタ隊長には申し訳ないけど…欠けた1ピース分は私が味見をしたということで許してもらおう。
どきどきしながら感想を待っていると、一口目を食べ終えた隊長が。

「うまいぜ。文句なしで合格。」
「本当ですか!?よかった!」

思わず大きな声が出ちゃったけど気にしない。
喜ぶ私を前に隊長は残りを口にして、それも食べ終えると指をぺろりと舐めた。
隊長に食べてもらえるなんて予想外だったけど…でもおいしいって言ってもらえて本当によかった!

「合格いただいちゃいましたし、早速持っていって来ますね!」

いざハルタ隊長の元へ!
憧れの人とたくさん話せたことに加えてケーキまで褒められた私はもう最高に幸せ。
ゆるむ頬はそのままに一礼し、隊長に背を向けた。
その時。

「…っ!?」

ぐんっと身体を後ろに引かれて。
反動でケーキを落としそうになってしまったけど私の後ろから伸びた大きな手がそれを阻止して、そのあとゆっくりと側のテーブルの上に置かれる。
空いてしまったその手は私の身体をしっかりと拘束してしまい、展開に着いていけない私はもうパニック状態だ。

「あんなガキにゃ勿体ねえ。」

耳元で響いた低い声に耐えきれず目をぎゅうとつむるけど、背中一面に感じる熱や少しのお酒のにおい、くつくつと笑う隊長の声にくらくらする。

「なあ、くれよ。」

恐る恐る目を開けて声がした方を見れば今までにないくらい近い距離の隊長と目が合う。
心臓は鳴りっぱなしでろくに思考も働かない。

「…なあ、」

そんな今の私でも、隊長の言葉が何を指し示しているのかわかるくらいにその視線は熱っぽくて。

「フィル、…返事は?」

隊長の声に全部持っていかれそうになる私に待ったをかけたのは、あの人。

「ノーに決まってんだろこの変態野郎…!」

私の一番怖いもの。
それは口調が変わった状態のハルタ隊長だ。

「ハハハルタ、ちょい待て、な?」
「あ?…フィル、出てろ。」

ハルタ隊長によって強制的に追い出されたあと、食堂から聞こえてきたのは断末魔にも似たサッチ隊長の叫び声だった。

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