「フィルー、すきだあー」

おかえりなさいを言う間も与えてもらえず、私を両腕で拘束したサッチさんがぐりぐりと顔を押し付けてくる。
サッチさんからは強いお酒のにおいがするから相当飲んだみたい。

「サ、サッチさん」
「フィルー」
「とりあえず部屋行きましょ、ね?」

んー、といまいち分かっていなさそうな返事を聞きながらよたよたと移動してどうにかリビングへとたどり着いた。
ソファーに座ると一息つく暇さえないままサッチさんがのし掛かる勢いで抱きついてくる。

「たくさん飲んだんですか?」
「うん、のんだ」

サッチさんがここまで酔うなんて珍しい。
今日は確か…マルコさんの誕生日祝いで会社の人たちと飲みに行っていたはず。
みなさんとの席は楽しいしお祝い事ということもあってついついお酒が進んでしまったのだろうか。

「フィル、きいて?」
「はい。どうしました?」
「今日な、マルコの誕生日でのんでた」
「言ってましたもんね。楽しかったですか?」
「おう」

眠たそうな声を出しながら、それでもサッチさんは腕を緩めない。
サッチさんの体温はいつもよりもずっと高くて心臓はどくどくと強く鳴っているから私にまでそれが移ってしまいそうだ。

「けどな」
「はい。」
「あいつ、すげえのろけやがんの、おれの嫁は最高だーって、美人だしかわいいし愛らしいし料理うまいしって、」

…この様子だとマルコさんも相当お酒が進んでたみたい。
奥さんに聞いた話だとマルコさんは普段そういうことを言わない人らしいから…今度会ったらこっそり教えてあげようと思う。

「嫌だったんですか?」
「ちがう」
「…じゃあどうしたんです?」
「そういうの聞かされてたらな、すげえフィルがほしくなった」

すり、と頬を寄せて。
甘えるような仕草はとてもかわいいけれど…髭が少しくすぐったい。
私が体をよじると逃げられると思ったのかサッチさんがぎゅっと抱え込んできたので、声には出さないように笑ってほどけた髪をやわらかくすいた。

「フィル、フィル、」
「はい。」
「ぎゅうってして」
「もうしてますよ。」
「もっと」

頼みをきくついでに大きな背中をぽんぽんとリズムをつけて当ててみる。
するとサッチさんは安心したのかしばらくもしないうちにすっと力を抜いてしまった。
スーツ脱がせないといけないなあ、お風呂にも入ってもらわないとなあ。
そんなことを考えるけれど、少し頬を赤くして気持ち良さそうに寝息をたてるサッチさんを見てとりあえず私の体が痺れてくるまではこのままでいることにした。

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