おれの会社は少し特殊で、取引先も変わったところが多い。
まあだいたいはオヤジの知り合いが経営している会社だ、だから信頼に欠けるとかそういったことはない。
そう、ないはずなんだが。

「マルコ、これやるよ。」

そう言いながら、外回りから帰ってきたサッチがおれのデスク横にとあるものを置く。
高さが5センチあるかないかの小さな瓶である。
まあ容器はいいとしてもだ、問題は…

「…何だよい、この見るからに怪しい液体は。」
「……簡易自白剤?」
「……。」
「ちょ、おれに怒るなよ!今日取引先のばあさんが新作だっつって渡してきたんだって!」

今日サッチが行った会社は…ああそうか、あの年齢不詳のばあさんのところだったな。
まあ腕は確かだし間違っても危険なものではないんだろうが…このいかにもといった様な独特の青色、そして品名からして怪しすぎる。

「ほら、言えねえで溜めちまうことってあるだろ?それを吐き出させる代物なんだと。」
「…で、何でおれに渡すんだよい。」
「まあ何個か押し付けられたしな。それにあれだ、前言ってたろ?言ってくれねえからわからねえって。」

…フィルは色々と我慢をしている気がする。
仕事で疲れているおれを気遣ってか休日にどこかへ出掛けたいと言うこともないし、どちらかと言えば愛想がなく気持ちを表すことも少ないおれに不平不満を言ってこない。
一度本人に訊いてみたこともあったが「何もないですよ?」の一言で終わってしまう。
それに越したことはないんだろうが、あまりにもそれが過ぎると逆にこっちが不安になってくるのだ。

「ま、使うかどうかはお前次第だな。」

含みを持たせた笑みをひとつ付け、サッチは次の標的らしいエースのところへ向かった。

「……。」

視界の端に映るそれ。
信じてやらなければいけないと思いつつも、本音を言えば…。

ーー


「マ、マルコさん、それくらい私やりますよ?だから休んでて…」
「いつもやってもらってばかりだからな、たまにはいいだろい。」

夕食を終えてから寝るまで、そう長くはないがフィルとふたりでゆっくりする時間がある。
その時間にはフィルが何かしら飲み物を用意してくれるというのが常なのだが、今日はおれがその役目を買って出たのだ。

「…じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「ああ。ソファーにでも座って待っててくれよい。」

おれがそう言うとフィルは申し訳なさそうな顔をしてリビングへ向かったが、その後の待っている横顔には少しだが嬉しさが見てとれた。

「……」

数分も経つと完成するコーヒーとココア。
甘いにおいが立ち上るそれに、とある液体を数滴落とす。
ミルクとは違う、青色の液体である。
これはフィルを信じていないということではない。
瓶を捨てる場所に困るし視界に余計なものが入ると集中できないし、それで仕方なく持って帰ったわけで。
そもそもこれはその筋では世界で五本の指に入るほどの腕を持つ人間がつくった極めて貴重な新作だし、サッチが置いていった取り扱い説明書には『使用するとぐっすり眠れます』と書いてあったからじゃあ最近眠りが浅いと言っていたフィルにぴったりだと思ったから使うんだ。
大事なことだから二度言っておく。
フィルが信じられないからではない、フィルに良い睡眠をとらせるために使うんだ。
延々と言い聞かせてからリビングへと向かうと、フィルが嬉しそうにこちらを見た。

「熱いから気をつけろよい。」
「ありがとうございます。」

ふう、と一度息を吹きかけてから…フィルの喉が動く。
説明書によると速効性があるとのこと。
そのせいか一口飲んで10秒も経たないうちに変化が表れた。

「「……。」」

まだほとんど中身の残るカップをテーブルに置いたフィルがじっとおれを見る。
それも先程とは一変して無表情なのだ。
別にやましい気持ちがないとは言えどもさすがに心配になってきて名前を呼んだ、その次の瞬間だ。

「…まるこさん!」
「っ!?」

急に抱きついてきたフィルに声が出なかった。
小さな体でおれを包むようにぎゅうと腕をまわしてくる。

「お、おいフィルっ、」

慌てて引き剥がそうとするが、フィルが少し舌足らずにもおれの名前を繰り返してきて。
それだけでも来るものがあるのに、肩口に頬を寄せられてしまって体の奥が熱くなる。

「っ、フィル、やめ」

このままだと非常にまずい。
何がって…こんな状態を続けられてみろ、おれがもたないに決まってる。
手段を選んでいる暇はない。
気は進まないが、とりあえずは力に任せてこの無いに等しい距離を何とかしよう。
そう思った時、急にフィルが顔をあげて。
予想外の出来事が起こりすぎて対処しきれていないおれに、フィルは追い討ちをかけてきた。

「だいすきです」

その時のフィルの幸せそうな表情といったら。
ああ、明日は顔が見れないかもしれない。

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