「じゃあ行ってくるな。」
「待ってください、忘れ物ですよ。」
恒例の行為を終え家を出ようとするサッチさんを慌てて引き留める。
ぱちくりと不思議そうにしながらも私を待ってくれていたサッチさんに小さい箱を差し出した。
赤い包装紙とピンクのリボンでラッピングされたそれは昨日こっそりと準備したものだ。
「休憩の時にでも食べてくださいね。」
「毎年ありがとなあ。」
「こういうイベントくらいがんばりたいんです。」
「ひひっ、食べたら感想送る。…なあフィル、」
サッチさんは渡した包みを鞄の中に閉まうと、近づくように手で合図をしてきた。
首をかしげながら一歩足を踏み出した途端サッチさんはすっと私を引き寄せて。
「帰ったらおれのも食べてくんねェ?」
仕事モードのサッチさんをずるいくらいに押し出してくる、整髪料のにおいとスーツの組み合わせ。
耳元で囁くと同時に私の腰をゆっくりと撫でるその行為に思わず体が硬直する。
「サササッチさん、朝一から何てこと言うんですか、そ、そういうのは」
「なあに慌ててんだ?おれが言ってんのは今晩つくる予定のチョコのことだぜ?」
「え、あ、」
「…ふうん?へえ?朝っぱらからそういうこと考えて…フィルってばやらしーなあ?」
にやにやと流し目を向けられてかっと顔が熱くなる。
そ、そういうことずっと考えてるのはサッチさんの方なのに!
「ち、違います!そんなのじゃ」
「くくっ、今日はなおさら速く帰ってこねえとな。」
「遅刻しますよ!いってらっしゃい!!」
からかうことを止めないサッチさんに堪らず体を押してドアの方へと追いやった。
ーー
ー
「お待たせー。」
晩御飯が終わるとサッチさんは宣言通りデザートづくりにいそしんでくれて。
わくわくしながら待っていれば、出てきたのはころりとかわいいトリュフがたくさん。
サッチさんがつくってくれるものは何だっておいしいんだ。
「おいしいです。」
「なかなかいけるな。もうちょい酒強い方がよかったか?」
「いえ、私はこれくらいが好きです。…サッチさん」
「ん?」
「仕事疲れましたよね?、あの…」
緊張を極力出さないように。
サッチさんにそっと体をあずけ、手のひらは太股に滑らせる。
そのままサッチさんを見上げてもう一押し。
「もっと甘いの…ほしくありませんか?」
朝の仕返しだ。
私だってやられてばかりじゃないんです。
上目使いは崩さないようにしながら様子をうかがえば、サッチさんが息を飲むのがわかった。
作戦は成功…かな?
「あれ?サッチさん今やらしいこと考えませんでした?私が言ってるのはお昼にこっそり用意し」
「ああ。すっげえほしい。」
熱っぽい息を吐いて。
もうトリュフなんてどうでもいいというように私しか見ていないサッチさんにぴたりと口が止まる。
「サ、サッチさ…ひゃあ!?」
「大胆じゃねえの。そこまで言うならとびきり甘いやつ食わせてくれるんだろ?」
「さささっちさんのへんたい!やらしいですよ!」
エプロンの結び目をほどいて押し倒し、馬乗りになって私を動けないようにしてから服の下に手を入れる…何と洗練された、流れるような動きだろうか。
けど感心している場合じゃない。
私はちょっと朝の仕返しがしたくて、たまにはサッチさんをからかってみたくて、そんなことをするつもりなんて毛頭なくて。
なのに。
「それがどうした?おれはイヤラシイことだーい好きだぜ?」
開き直るなんてあんまりだ。
サッチさんは舌舐めずりをしながら私を見下ろしていて、今にも覆い被さってきそうな雰囲気がありありと出ている。
「ま、まってください、こんな予定じゃ、」
「あーそういやチョコ余っちまってたなあおれとしたことがミスったなあどうすっかなあ。」
しっかりと足を押さえ込まれて逃げ出すこともできず、せめてもの抵抗としてにやにやと愉しそうに考え事をするサッチさんの視線から目を背けるのだった。