今日も穏やかで平和な朝。
サッチさんはお休みだからお弁当もいらないし…たまにはトーストしたパンとベーコンエッグ、それとサラダなんてメニューもいいかもしれない。
そう考えながらエプロンをつけていると、後ろから声をかけられた。
「おはよう」
まだ寝ているものだと思い込んでしまっていたため、少し驚きながら振り返る。
眠そうな顔をしているかと思いきや、その反対。
髪を後ろでひとまとめにし、服もばっちり着替えていたサッチさんは快活な笑顔を見せていた。
「お、おはようございます。お休みなのに…もっとゆっくりしてていいんですよ?」
「今日はホワイトデーです。」
ぴしゃりとそう言い放ったサッチさんはとても真面目な顔をする。
ちなみに、平日なのにサッチさんがお休みなのはわざわざ有給を使ったかららしい。
「…そうですね。」
「今年は何をしようかめちゃくちゃ考えました。」
「別にいいのに…」
「おれがしたいの。」
バレンタインも結局渡し合ったようなものだし、わざわざ何かしてもらわなくてもと思うんだけど…サッチさんは毎年デザートだったり物だったりと何かをしないと気がすまないそう。
でもその気持ちは純粋に嬉しいから拒むことなんてしないし、本当のことを言えば少し期待してしまっているところもあるんだ。
今年は何になったんだろう?
「今日一日、おれが家事炊事全部します。つーわけで…」
「えっ、あ、」
さっと私に近づくと、エプロンの結び目をほどいて自分の体に重ねてしまった。
エプロンを身に付けるその動作はとても自然で、気合いを入れるかのように紐がキュッと結ばれる。
「ひひっ、交代。」
楽しそうに腕捲りをしたサッチさんには主夫という言葉も似合ってしまう。
…ちょっと大きめのエプロンも買うべきかなあ。
「…いいんですか?」
「おう、任せろ任せろ。」
サッチさんは私をリビングへ待機させると、ふんふんと上機嫌に鼻歌を歌いながらキッチンへと向かっていった。
せっかくああ言ってくれてるし…ここは素直に甘えてゆっくりさせてもらうことにしよう。
テレビのスイッチをつけると、ちょうど天気予報を伝えていたところだった。
「フィルー、今日晴れかー?」
「えっと……はい、晴れです。気温も昨日より上がるそうですよ。」
「そっかー。…っし、布団でも干すかな。」
ーー
ー
サッチさんがゴミ出しも洗濯物も、掃除もお昼ご飯の用意も全部やってくれるおかげで、自分の時間をたくさん持つことができた。
昼下がりにはリビングにふたり揃って寝転び、話をしながらゆったりとした時間を過ごす。
私にとっては気持ちが安らぐ、幸せなひとときなんだ。
「今日の晩飯は寄せ鍋にします。」
「あ、それで昨日いろいろ買ってきてたんですね。」
「そういうこと。」
「食べたい食材買ってきたのかと思ってました。」
「…まあそれもあるっちゃあるけど。」
サッチさんがつくる寄せ鍋はおいしくて大好きだ。
上手く言えないんだけど、味つけがしっかりしてるというか豪快というか…私が何度やってみても出せない味。
料理名をきいただけでも夜になるのが楽しみだなあと思っていると、サッチさんがおもむろに立ち上がった。
「ちょっくら布団入れてくるわ。すぐ戻ってくるから良い子で待ってろよ。」
サッチさんはそう言いながら私の額にキスを落とすと、軽やかに部屋をあとにする。
触れ合った部分がじんわりと熱を帯びた気がして、恥ずかしさからひとり呟いた。
「もう…」
今日もサッチさんはいつも通り。
さて…ちょうどいい時間だし、今のうちにちょっとお茶の準備でもしようかな。
サッチさんだってお休みの日に家のことを手伝ってくれるから。
お湯を沸かして、棚から貰い物のお菓子とカップをふたつと、それからそれから…。
「……」
……ええと。
一通り用意が終わってしまったんだけど…サッチさんはまだだろうか。
サッチさんなら布団くらいさっと取り込んでしまいそうなものなのに。
待てども一向に降りてくる気配の無さに、私はついに腰をあげた。
とんとんと階段を上り、サッチさんがいるであろう部屋を目指す。
「サッチさん?どうかしましたか?」
部屋に入ると、目に飛び込んできた光景につい頬が緩んだ。
取り込んだばかりのふかふかの布団の上には、うつ伏せで眠るサッチさんの姿。
きっと暖かい布団に眠気を誘われてしまったんだろう。
そうっと近づくと、深い眠りについているのかサッチさんはとても気持ち良さそうな表情をしていた。
「…そろそろ交代しましょうか。」
階段がどたばたと騒がしくなるのは、それから一時間ほどあとのこと。