「ごちそうさまでした。」
「ごちそーさま。」
部屋に運ばれてきたのは海と山の新鮮な食材をたっぷり使った料理の数々。
料理の味はもちろんのこと、目でも楽しめて私もサッチさんも大満足だった。
温泉で疲れをとって美味しいもの食べてきれいな部屋でのんびりして…こ、こんなに贅沢しちゃっていいのかなあ。
「あーうまかった。たまにはもてなされる側になるってのもいいな。」
「いつもは逆ですもんね。」
器を下げてもらったあとはお茶を淹れてまったり。
いつもならごはんを食べたあとは帰る流れになっちゃうから…そうならない今日がすごく嬉しかったりするんだ。
(本当にサッチさんとずっと一緒なんだ…。)
隣には香りの良いお茶を堪能している浴衣姿のサッチさん。
そうやって意識してしまうとやっぱり落ち着かなくなってくる。
ど、どうしよう、この時間って何したら良いのかな…。
ふと視線を感じてその方向を向けばサッチさんは声は出さずに、でも穏やかに笑いながら私をじっと見ていた。
きっと私がひとりそわそわとしていたことも気づいているに違いない。
「どうかした?」
「…えっと、このあと何しようかなって、」
「ああ。」
そこでくつくつと笑い声が聞こえて恥ずかしさから顔を背けた。
み、見てたのなら声かけてくれれば良かったのに…。
「そうだなー、バーとか遊ぶとこあるからそこ行ってみるのもいいんだけど…」
「けど?」
「せっかくの旅行だし?コイビトらしいことするのもいいかなって?」
例えば買い物をしてるときとか、移動中とか、お店の中にいるときとか…外でのサッチさんは付き合う前の印象とそこまで変わらない。
じゃあ互いの家だとか…それこそ今みたいに中で、ふたりだけでいるとどうだろうか。
「こ、恋人らしいことって…」
「そりゃもう。いちゃいちゃするとか?」
瞬間ぎゅっと抱き寄せられて。
急だったせいで全体重をあずけてしまったけど、サッチさんは特に苦しがる様子もなく上機嫌のままに髪に指を通してくる。
そう。
サッチさんはふたりきりのときだとびっくりするくらいスキンシップが多くなるのだ。
「サッチさん、あ、あの、」
「そろそろ本格的におれに馴れてもらおうかなと。」
「!も、もうなれました、なれましたから、」
「嘘言っちゃいけねえなあ?」
そこからキスされるまであっという間。
わざわざ音までつけてきたサッチさんは固まった私をまじまじと見てからふむ、と考えるような仕草をした。
「そういうこと言うならフィルちゃんもし返すくらいしてくんねえと。」
「まままって、まってくださ」
「はい待った。…もういい?」
サッチさんの表情が真剣見を帯びてとうとう顔が直視できなくなる。
まるでペットを相手にするようなさっきまでの手つきとは変わってずっと優しく丁寧なものになるから思わず目をつむってしまった。
「…こっち向いて?」
この距離じゃないと聞こえないくらいの小さな声。
サッチさんの手が私の頬を包んだちょうどその時、運が良いのか悪いのか部屋に響いたバイブ音はサッチさんの携帯から。
ほどほどに長いそれはさっきまでの空気を一掃して私たちの気を引くには十分なもの。
「…ゴメンナサイ。」
そう吐いたサッチさんを見れば残念がっているのは明らか。
渋い顔をして少し口を突き出す姿はいじけているようにも見える。
「…は、はい。」
「……助かったって思った?」
「!そ、そんなことないです、」
「本当に?…まあ今じゃなくても時間はまだまだたーっぷりあるからなあ?」
にやりと笑うサッチさんからはさっきまでの沈んだ様子なんて見る影もない。
反射的に視線をそらせば、からかうように楽しげな声とともに拘束が解かれる。
「そんじゃ、館内探索でも行きますか?」
「……」
「ん?」
「い、いえ。行きます。」
するりと離れた体温が寂しかったなんて言えない。