「いい部屋だな。」
「サッチさん、景色すごいきれいです!」

ベイさんの説明を受けながらたどり着いた三階の一室。
畳の香りがほっとする部屋で、ふたりで泊まるには勿体ないくらい広くゆったりとした空間だ。
ほんの少し残った雪の雰囲気が良くてつい興奮ぎみにサッチさんを呼ぶと、サッチさんは苦笑しながら私の隣に来て外を眺める。

「気に入ってもらえて嬉しいわ。明日はどこ行くか決めてるの?」
「いや、まだ迷ってんだよな。どっかいいとこねえ?」
「じゃあいくつかルート挙げて用意しとくわね。」
「サンキュ。助かる。」
「ありがとうございます。」
「いいのよ。こっちのことは任せなさい。」

行きも悩んでたんだけど観光地がありすぎてどこにするか絞れなかったんだ。
ベイさんならこの辺りのことをよく知っているだろうし、宿泊客から何か聞いたりしてるかも。
明日もう一回お礼言わなくちゃ。

「夕食まで温泉にでも入ってきたら?まだ早いし比較的空いてると思うけど。」
「お、じゃあそうする?」
「はい!行きたいです!」
「ちなみに当館は混浴なんてものもございますが?」

…え?
つ、つまり、コンヨクって…こんよくって……混浴?
私とサッチさんが…混浴??一緒にってこと??

「…お前なあ、」
「ごめんなさいねえ、露天風呂付きの部屋は早くから予約が入っててどうしても無理だったのよ。あ、でも深夜でよければ私の権限で貸し切りにでき」
「!てめェいい加減に」
「ホホホ、それじゃあ失礼するわ。ごゆっくり。」

掴もうとするサッチさんの手をするりと避け、ベイさんはつくったような笑顔と共に颯爽と部屋をあとにした。
取り越されたのは当然のことながら私とサッチさんのふたり。

「「……」」

…ベ、ベイさん待って?
そんなの恥ずかしいし一緒に入るっていうのは早いというか、夜でも結局明かりは点いてるわけだし心の準備もしてないし…あ!いや、そそそういう変な意味じゃなくて私が言いたいのは…

「…えーっと、」
「!」
「行く?…温泉。」

少し気まずそうに首の背を掻くサッチさんに私は黙って頷くのがやっとだった。

ーー


(ふああ…)

気持ちいい…温泉なんていつぶりかなあ。
ベイさんの言った通り広い浴場には私を含めても片手で数えられる人数しかいなくて、ゆったりと温泉を楽しむことが出来る。
窓を隔てた先には露天風呂もあって、自分の家じゃ絶対に味わえない気持ち良さを存分に堪能させてもらった。
せっかくだから朝風呂もしてみたいなあ…あとでサッチさんに相談してみようっと。
心身共に大満足で脱衣所に戻り、今度はこれまた楽しみにしていた浴衣に着替える。
これ着るといかにも温泉旅行!って感じがするよね。
…サ、サッチさんも着てるかなあ。
どきどきしながらも髪を乾かし終え待ち合わせ場所へ向かえば、脚を組んでソファーに座っているサッチさんの姿があった。
格好も私と同じ。

「お。やっぱ浴衣良いな、すげえかわいい。」

待たせたことを謝りたかったのに、立ち上がったサッチさんを前にすると謝罪の言葉も飛んでしまう。
浴衣姿のサッチさんは体格のよさがくっきりと押し出されていて、少しだけ開いた胸元は何て言うか…無条件にどきどきとさせてくるからこれ以上は見ていられない。

「どうかした?」
「!そ、その、」
「温泉気持ち良かったな。露天風呂入った?」
「は、はいりました」
「とりあえず部屋戻る?」

上手く受け答えも出来ないままサッチさんに手を引かれた。
大きな手にまた体温が上がるのを感じながらサッチさんの少し後ろに続く。
スリッパの音がぱたぱたと鳴るだけで会話もなく、あっという間に部屋に着いた。

「で?どしたのフィルちゃん。」

荷物を置いて早々の楽しそうな声。
わかってるのならほんのちょっと屈むのを止めてほしい。
…だ、だってサッチさんの着方が微妙に緩いせいで、その、浴衣が弛むから…

「、ええと…」
「言ってくれねえとわかんねえよ?」
「……似合ってます、すごく、」
「見とれるくらい?惚れた?」
「!あ、う、」

顔から火が出そうとはまさにこの事。
耐えきれなくなって自分の荷物が置いてある場所へ逃げる私をサッチさんが可笑しそうに笑った。

「そんじゃ、今回の旅行でもっと惚れてもらいましょうか。」
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