今日の天気は快晴。
窓から景色を楽しんだりネットで行き先を見て期待を膨らませたり…サッチさんとのんびり電車旅だ。
こうやっているときにふと思い出すのはサッチさんと出会ったときのこと。
その人と知り合いになるだけでもすごいと思うのに…まさか付き合うことになるなんて想像もしなかった。
も、もしかして私あのときからサッチさんのこと気になってたのかなあ…?

「なあに?」

あまり見ないようにしてたのにサッチさんはすぐ気づくんだ。
少しのぞき込むようなかたちのサッチさんに私の心臓は相変わらずどくりと鳴る。

「い、いえ。…サッチさんはその旅館行ったことあるんですよね。」
「数年前にな。けどその間に改装したらしいし…お、」

そのとき車内に広がるアナウンス。
電車の旅は一旦終わり。

「サッチさん、」
「おう。次で降りるぜ。」

しっかり荷物を持って駅の外へ出れば、初めて来る場所に楽しさを隠しきれない。
私が住んでいるところよりもちょっと寒いけど…でも今の私にはそれさえもわくわくする要因にしかならないんだ。

「…っと、あれかな?バス。」
「みたいですね。…どうしますか?」

とは言ってみたけど時間にたっぷりと余裕を持った移動だったからチェックインには当然まだ早くて。
ということは?と思ったところでサッチさんがにやりと笑う。

「チェックインまでまだ時間があります。…フィルちゃん体調は?」
「ばっちりです。サッチさんは…」
「おれも。ついでに言えば少しお腹が空きました。」

観光地なだけあって駅周辺にはお店がたくさん。
その中にはもちろん食べ物を売っているお店もあって気がつくとどこかおいしそうなにおいがしてくるし、ちょっと買って食べ歩き…なんてことをしている人たちも大勢いる。
…そ、そう言われれば私もちょっと何か食べたいかも。
そう思いながらサッチさんを見上げるとぱちりと目があって。

「…気分転換も兼ねてちょっと散策してく?」
「はい!」

ーー


散策を楽しんでから向かった所はもちろん今回の宿泊先。
とても立派な旅館を見て今回の旅行への期待がさらに高まる中、仲居さんたちが丁寧に出迎えてくれた。
荷物まで預かってもらって…私だけ場違いな気がして落ち着かない。
フロントでのやり取りも全部サッチさんに頼りっきりだ。

「お客様のお部屋は301号室でご用意させていただいております。」

記帳が終わってとうとう部屋案内。
サッチさんが目で促してくれるのを見てわくわくしながら鍵を受けとる。

「ありがとうございます。」
「はい。それから…女将がお客様がお見えになりましたら話がしたいと申しておりまして。もうしばらくで参りますのであちらでお待ちいただけますか?」
「わかった。ありがとう。」

女将さんというとサッチさんの知り合いでチケットをくれた人で、名前をベイさんというらしい。
えっと、挨拶してお礼言って…う、うん、大丈夫、サッチさんも向こうが勝手に喋ってくれるだろうから楽にしてれば良いって言ってたもんね。
ロビーに向かうといかにも座り心地の良さそうな椅子やソファー。
…うわっ!ふかふか!社長さんとかが座りそうなやつだ!

「どうかした?」
「ふ、ふかふかです、これ、」
「ひひっ、沈むから落ち着かねえ?」

こくこくと頷く私に対してサッチさんはいつもと変わらずリラックスした様子。
やっぱりサッチさん慣れてるのかなあ。
変に偉ぶるとかそういうのじゃなくて…いつでも堂々として自然体でいられるサッチさんはすごいなと思うし憧れるんだ。

「いらっしゃい。」

振り向くとそこには着物を着た一人の女性。
この人がきっとそうだと頭ではわかっているけど…そのきれいな出で立ちに思わず見とれていた私の横でサッチさんが立ち上がったので慌てて私も続く。

「よう、忙しいのに悪いな。」
「ふたりの担当は私よ?むしろ待たせちゃってごめんなさいね。遠かったでしょ、疲れた?」
「いや?そうでもねえよ。」
「なら良かったわ。で?この子が…」
「おう。そういうこと。」

ふたりの視線が集まってぴんと背筋が伸びる。
そ、そうだ!挨拶しなきゃ…!

「は、初めまして、フィルです。あの、チケットありが…、っ!?」
「あーもう若い!かわいい!」

ぎゅっと抱きしめられたかと思えばすりすりと頬を寄せられて…とにかくびっくりしすぎて声が出なかった。
ベ、ベイさんってこんな感じの人なの…!?

「ここの女将のベイよ。温泉は最高だし料理もおいしいから楽しんでくれると嬉しいわ。景色だって評判いいわよ?」
「は、はい、」
「緊張してるの?かわいいわねー。そんなに固くならなくてもお姉さんくらいに思ってくれればいいわ。今回は特別に私がふたりの担当をするからよろしくね。」
「あ、ありがとうございます、おねがいします、」
「サッチとは昔からの付き合いなの。たくさん喋っちゃうかもしれないけど…ふふ、取ったりしないから安心して?」

片目をつむられてしまい顔が熱くなる。
わ、私顔に出ちゃってたのかなあ…?

「そろそろ部屋に連れてってくれませんかねえ?」
「あら。…ま、それもそうね。それじゃあ行きましょうか。」

にこりと微笑んだベイさんに一時飛んでしまっていた期待もよみがえってくる。
楽しい旅行の始まりだ。
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