サッチさんとの電話で一日を終えると大概は幸せな気持ちのままぐっすり眠ることができるんだ。
だから今日もそうだと思ってたんだけど…

「それで話変わるんだけど…フィルちゃん春休みみたいなのってある?」
「ありますよ。三月の二週目辺りからだったと思いますけど…何ですか?」

私が休みに入ったらサッチさんともう少し会えるかなあ。
いつもサッチさんが私に合わせてくれるし…こういうときくらい逆の立場になれたらと思う。
でも来月のことを聞いてくるなんてどうしたんだろうと頭を捻っていると、サッチさんはいたずらにこう告げてきた。

「実は?温泉旅行なんてどうかなーと思いまして。」
「!」

サッチさんと…おんせんりょこう!?
ま、待って、旅行って…どうしよう!?絶対行きたい!

「ほ、本当ですか!?行きたいです!」
「ひひ。おれの知り合いに旅館経営してるやつがいてな?二泊三日のペアチケットもらったの。」

サッチさんと温泉旅行。
もうその響きだけで嬉しくてわたわたと心が躍る。
説明してくれるサッチさんの楽しそうな声もつい聞き逃してしまいそうだ。

「早く日決めてくれって言われててさ。都合良い日とかある?」
「で、でもサッチさんにも予定とか…」
「あー…ほら、女の子ってあれだろ?月のやつとか大変そうだし、まあせっかくの温泉楽しんでほしいし、おれはまだ何とかなるし…。」

言われて私の方がはっとする。
確かに旅行で、しかも温泉がメインなのにあの日が重なっていると入れないし楽しさもきっと半減してしまうだろう。
わ、私旅行に行けるのが楽しみでそんなことまで考えてなかったけど…サッチさんって私より女の子のこと分かってる…!
サッチさんの気づかいに嬉しくなりつつ、大切なことを忘れていた自分に恥ずかしくなりつつ鞄から手帳を取り出す。

「…じゃああの、三週目とか四週目でお願いしたいんですけど、」
「オッケ。んー、週末挟んでもいいけど…平日の方がゆっくりできるかな?」
「そうですね。なら」
「ちょっと待った。」

ぴしゃりとそう言われて。
さっきまでの楽しそうな声とは一変、急に真面目なものになったその様子にひょっとすると予定が入っていたのかもしれない。

「も、もしかして予定ありましたか?」
「あった。すっげえ大事なやつ。」
「いつですか?」
「フィルちゃん、今からおれが言うことをよーく聞いてください。」
「へ?」
「はい手帳開いて。ペン持って。」
「!は、はい、」

ころころと変わる口調につい姿勢を正してしまう。
すでに開いてあった手帳も目の前に置き直し、すぐ近くにあったオレンジ色のペンを持つ。

「できました、」
「ん。じゃあフィルちゃんに質問しますが…三月にはとっっっても大事なイベントがありますね?それもふたつ。」

三月にあるとっても大事なイベント。
ひとつはもちろんサッチさんの誕生日だ。
私の手帳にはその日が黄色のペンでくるりと囲んであるから一目でわかる。
もうひとつは多分だけど…中旬のあの日のことを指しているんだと思う。

「…あります、ね。」
「そのふたつのイベントですが、おれがめちゃくちゃ気合い入れて取り組むのはどちらかわかりますか?」

自分の誕生日をがんばるのは変だというか…その日は私ががんばらないといけない日だろう。
ということは…もう片方のあのイベント?
な、何だかさらっと私のハードルが上げられてる気がするんですけど気のせいですか…?

「…たぶん、ですけど。」
「おれとしてはそのイベントがある日を……うん、真ん中。真ん中にもってきてもらえると嬉しい。ものすごく。」
「…まんなか、ですか、」
「旅行は二泊三日ですね?ということは?」
「13、14、15…」
「よくできました。」

褒められて反射的に照れてしまう。
けどこの短時間で決まったことの大きさを私が認識するのは次のサッチさんの一言で通話が強制終了されてからだった。

「つーことで?よ ろ し く。」
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