「忘れもんねえ?」
「はい、大丈夫です。」

ぐるりと部屋を見渡して最後の確認、居心地のいい部屋とも今日でお別れだ。
名残惜しいけど…でも帰り道でも観光予定を立ててるし楽しみだなあっていう気持ちの方が強い気がする。

「そんじゃ…お?付けてくれてんの?」
「え?」
「それ。」

指で示されたのは私の首もと。
そこには昨日もらったばかりのネックレスが付いていて、サッチさんの表情もからかっているような雰囲気がある。

「だ、だってせっかくもらったし…。変ですか?今日も付けてるの…。」
「いーや?おれがにやにやするだけ。」

な、何かそれだと余計に困る気が…。
これといった返事ができないまま、背中を押してくるサッチさんに促されて部屋を出た。

ーー


玄関先へ出て上を見れば今日も青い空が広がりそうな予感。
仲居さんやベイさんが見送りをしてくれて…改めて旅館を見上げるけどやっぱり私には勿体ないくらいの場所だったなあと思う。
 
「本当にいいの?あと十分も待てばバス出るのに。」
「ああ、景色見ながらのんびり行くわ。な、フィルちゃん。」
「はい。」
「まあいいけど…無理しないでよ、あんたは若くないんだから。」
「うるせー。」

ふたりを見ていると本当はまだ少しちくりとする。
けどいつまでもこんな気持ちじゃだめだし…わ、私ももうちょっと大人にならなくちゃ。

「気を付けて帰りなさいよ。みんなによろしくねー。」
「おう。そんじゃあな。」
「ありがとうございました。」

再度頭を下げたら駅へ向けて出発だ。
ゴロゴロとトランクを引きながらまるで散歩を楽しむみたいに歩いていく。
風が少し肌寒いけど、日が昇ればきっとそれも気にならなくなると思うな。

「今日も天気良さそうだなあ。」
「そうですね。三日間とも晴れてよかったです。」
「な。…あー、フィルちゃん。」
「はい。」
「ちょっと言っときたいことがあるんですが…」

急にかしこまった言い方になって。
こういった場合大抵は何か重要なことだったりするから私もしっかり視線を送る。

「夏とかにどうでしょうか。…もう一回くらい。」

いつもはっきりと喋るサッチさんにしては珍しく、私がよく聞いていなかったらトランクの音でかき消されていたかもしれない。
サッチさんは最後にちらりと私を見たけど、またすぐに視線を前に向ける。

「ベイに部屋空けといてくれって頼んだし…まあその、フィルちゃんがいいなら今度は露天付きとかどうかなーと…」
「え、えと、」
「あーいや、うん、まだ先のことだし返事は今すぐじゃ」
「い!いきます!ぜったい!」

サッチさんとふたりでまた旅行に行ける。
それが嬉しくて食いつくように返すとサッチさんは一瞬びっくりしたような顔をしたけど、そのあといつもの笑い声を聞かせてくれたんだ。
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