あったかくて、やわらかくて。
ふわふわと浮いているような、でもゆっくり沈んでいるような。
もうすぐ目が覚めちゃうんだなあって自分でもわかるんだけど、この幸せな感覚を手放すのはもったいなくてもぞりと寝返りを打ちつつ体を丸めた。

(きもちいい…)

何かあったかいものに触れて、誘われるように体を寄せる。
やわらかいのに固くて、固いのに抱き心地がよくて。
何て言ったらいいかわからないけど…私の好きがいっぱい詰まっている、そんな不思議なもの。
その気持ちよさにまた意識が途切れそうになったところで、そっと頭を撫でられるのがわかった。
優しい手つきが一層心地いい。

(…あれ?もう止めちゃうの…?もっとしてほしいのに……)

そこでゆっくりと目が覚めた。
重たい瞼をぱちりぱちりと持ち上げれば、一番最初に映ったのは私をじっと見ているサッチさんで。
私が起きたことが分かるとその表情は微かにやわらぐ。

「    」

声はなかったけど小さく動いた口許は確かに朝の挨拶を告げていた。
でも私には返事をする余裕はなくて、サッチさんの視線から逃げだすのでやっと。

「…おはようは?」
「……おはようございます…」

笑われている気がして余計に心臓が音をたてる。
ま…まって?わたしサッチさんにひっついてたの!?
しかも寝顔見られてたよね??わ、わたし絶対間抜けな顔してた…!!
理解し始めて今さら襲ってきた恥ずかしさに慌てていると、突然体が包まれた。
伝わる体温は私よりもずっとあったかくて、とくりとくりと穏やかな音にやっぱり安心感を覚える。

「…わがまま言っていい?」

その声はやわらかくて溶けてしまいそうで…もしかしたらまだ眠り足りないのかもしれない。
微かに聞こえてくる呼吸音がサッチさんの素の状態を表しているみたいにも思えて、それがとても嬉しかった。
どきどきしながらもされるがままでいれば、私を包んでいた腕の力がすっと抜けて。

「もーちょい、このまま…。」

ーー


おいしい朝食をゆっくりと楽しんだ後の帰り道。
隣を歩くサッチさんはふんふんと鼻唄混じりで足取りも軽やか。
サッチさんが上機嫌だと私も嬉しい…と言いたいところなんだけど、今ばかりはそうも言えなくて。

「いやー、実にいい朝だったなあ。」
「も、もうその話は止めてください、」

ひょっとすればにやけているようにも見えるサッチさんの言い方は実にわざとらしい。
その話は止めてほしいって何度も言ってるのにサッチさんは聞く耳持たずだ。

「何で?フィルちゃんも気持ち良さそうに寝てたと思ったけど。」
「それは、その…」
「まさか引っ付いてきてくれるなんてなあ?いやー、あん時はなかなか」
「ちちちがいます!気のせいですってば!」
「朝から仲が良いわねえ。」

ふたり揃って振り返れば苦笑いを浮かべたベイさんがいた。
は、恥ずかしいところ見られちゃったんですけど…!

「おはよーさん。」
「お、おはようございます、」
「おはよう。」

今日もベイさんは上から下まできっちりとした仕上りだ。
こんな立派な旅館の女将さんなら朝も早いし大変なんだろうなあと思うけど、ベイさんはそれを感じさせないくらいにいつ見ても凛としている。

「ちょうどいいから今渡しとくわね。私の連絡先よ。」

私に向けて差し出されたのは名刺だった。
裏面を見れば手書きのアドレスが書いてあって、話によるとそれはプライベート用らしい。

「あの、ありがとうございます、」
「ふふ、こいつのことなら何でも訊いて?バカな話とか恥ずかしい話とかたくさん教えてあげるわ。」
「ちょっと待てコラ。」

ベイさんを威嚇しながら絶対聞いちゃだめ、と目で訴えてくるサッチさんには悪い気もするけど…正直私は聞いてみたい。
だ、だってサッチさんは自分のこと話してくれるけどそういう話はしてくれないし…。

「こいつのこと知ってる相談役が男ばっかりじゃねえ?もしものときは気軽に頼ってちょうだい。」
「は、はい!」

私にとってすごく頼りになる人が増えた瞬間だ。
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